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 醍醐や紫暮は純粋に技を磨くために潜っては、不動禁仁宮陣なんかをぶ
ちかましてるなんて間違ってもご一緒したくない話は、先日行ったさやかちゃ
んのコンサートの帰り道に紫暮から聞いたし、そのコンサートでたえなる美声
を披露してくれたさやかちゃんは、紗夜ちゃんと一緒に化け物相手どって、人
をやすらがせる歌;なんてものを研究しているらしい。
 一度だけ護衛者にと諸羽に連れ出された俺が見たものは、二人の声で歌
われた歌仙・桜吹雪の届く範囲で落下した大コウモリの群れ。
 近寄ってコウモリを手にとって見れば、魅了されたのか、ぷよぷよとハート
マークを飛ばしながら、くーかくーかと安らいだ風情で眠っていた。
 ……すげーやと思う反面、護衛はいらないんじゃ…と諸羽と肩をすくめたり
もしたもんだ。
 中国への修行から帰ってから腕が鈍るのを恐れて潜りに潜った数か月前
と、今ここへ潜るペースは変わらないどころかひどくなってしまったので、皆
と会う機会は逆に増えたかもしれない。
 先に潜った奴等に合流することもあったし、俺の後から潜った奴等と共に
戦うこともあった。
 昨日も高見沢、藤咲、芙蓉の三人とかち合って男なら一度は見たい妖華
三方陣を、一人で堪能させていただいたばかり。
 今一人で思い出しても鼻の下が伸びてしまって、間抜けさ加減もこの上な
かったりもするが…。
 「でも…紅葉には一度も…会ってねーやな…」
 回数的にいえば紅葉が旧校舎を訪れる数は決して少なくはない。
 日々の精進を重ねる生真面目さについては紫暮や醍醐に次ぐし、血の
匂いに包まれることに…常に慣れていたいのもあるだろう。
 たぶん俺とは会わない今でも、三日とあけずに来ているはずだ。
 「やっぱり避けられてるんだよな…」
 何かと刃をあわせることが決して嫌いじゃない俺と、鍛練を日常に組み込
んでいる紅葉と、以前はよく二人でも戦った。
 お互い接近戦が得意な者同志戦うのはテンポの良さが小気味良く、いつ
でも心地好い疲労感に浸れたもんだ。
 敵に接するタイミングを紅葉は経験で、俺は勘での戦闘だったけどタイミ
ングが外れたことは不思議とない。
 「…背中、預けてもらえんのは…やっぱ…何よりつらいかもな…」
 化け物を殺すのにためらいを使わない紅葉は、背中を預けるのに最高の
相手なのだ。
 絶対にためらわないという点において、何より安心できた。
 だから当然のように背を預けたし、紅葉も俺に背を預けてくれていた。
 「もー…駄目なんかな…」
 口にしてしまうと余計重く聞こえる。
 紅葉が何かを返してくれないと、俺が納得できないのだ。
 あんな虚ろめいた瞳ではなくて…もっと…こう…。
 いっそまだ憎まれた方が楽だ。
 目を閉じてゆるく思考を断ち切ろうと首を振って、断ち切れずに苦笑しなが
ら大きく吐息をつく。
 意を決して瞬間息をとめ、旧校舎の下へと降りる階段の前へ止まった。
 一体どういった構造になっているのかは、誰一人知らないだろう。
 陰陽の技を駆使して当たり前のように未来予知なんかをやってのける御門
でさえ、ここの構造にはいつでも首を傾げているくらいだ。
 ただこうして、階段の所に立って念じれば己の望む階層に降りられる。
 法則はその他に後二つ。
 一区切りの階層が五階である事と、誰も下り立ったことのない階へは行けな
いと言う事。
 ふっと足元から引きずり込まれるように力が砕けたかと思うと、俺は希望通り
の最下層に降りていた。
 毒の沼から立ち上ぼる濃霧にも似た悪臭を放つ毒煙に、視界は濁り喉はい
がらっぽく空咳が込み上げてくる。
 こんこんと軽く咳をしてから、準備しておいた喉飴を口にほおりこんだ。
 おぼつかない視界の中で岩に刻まれた階層を確かめようと目を細める。
 霞む視界の向こうに並ぶのは三桁の数字。
 よくは見えなかったが、昨日来たよりも更に深い場所にいるあからさまな現
実を表わす数字だった。
 「誰が潜ったんだかしんないけど。こんだけ記録更新されちゃうのもなんだか
  な…」
 外が平穏で平和な世界であるからこそ、皆ここへ来るのかもしれない。
 一度見てしまった闇を忘れないように。 
 「俺もたぶん…ふやけてたんだよな…あんな事言うなんてさ…」   
 平穏な日常に慣れると当然周りにいる人間にも慣れ親しんでくる。

 卒業後劉と二人で中国へ旅立ってから、三カ月で日本に戻った劉と違い、
俺は丸一年中国に残った。
 日本より遥か広い土地と深く刻まれた歴史が生み出した世界は、思っていた
以上に過酷だったけれど、俺の身には馴染んだ。
 劉と別れて"寂しい"と感じたりしたが、一人で剣を奮い続ける生活にためらい
はなかった。
 そんな時間の中でふっと、今までの自分には無かった何かを見いだせた気
になって日本に戻った俺を出迎えてくれたのは、同じ日にに同じ空港に下り
立った村雨と。  
 たった一人連絡をつけていたひーちゃんと。
 隣に当たり前に、けれど以前よりひっそりと佇む紅葉だった。
 『こりゃまた奇遇だね、蓬莱寺』
 旅行に慣れた風に小さな鞄一つを肩に背負って、気が付けば村雨が隣を
歩いていた。
 『げ!いつの間にいたんだよ…』
 気配を感じさせもしなかったのに、純粋に驚いて睨み付ける。
 『剣の腕があがっても、精神が鍛えられなきゃ、意味ねーと思うけどな』
 『余計なお世話だ!見た目やーさんのお前にはいわれたかねー。どーせ
  また異国で荒稼ぎしてきたんじゃねーの?一般人カモに儲けさせてもら
  ったんだろ』 
 いかにもそっち系に見えてしまうのは前から変わりもしない無精髭のせい
か、人を食った雰囲気のせいか。
 『カモだなんて失礼な奴だなー。ただ俺は皆様に素人は賭け事なんかやっ
  ちゃーなんねーってのを、ご教授してさしあげてるだけだ』
 『口の減らねー……ったく物は言い様って奴だな』
 『ふーん。結構な格言覚えたみてーだな。中国は漢字の国だから……お!
  先生と紅葉だ』
 『え?』
 ひーちゃんには今日の帰国を伝えてあった。
 誰かを連れ添わせて来るのは容易に想像がついたけど、まさかそれが紅
葉だなんて思いもよらなかったから…。




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