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  禁断言葉


 
 それは決して、言ってはいけない一言だった。

 『どんなに言葉を飾ったって、結局は人殺しだろう?』 

 酒の勢いも確かにあった。
 いつものメンツによる如月宅での恒例の麻雀大会。
 そろそろ寝ようかとしていた午前二時。
 その場にいたのは俺の他に、五人。
 如月は呆れた風に首を振った。
 『君が言っていい言葉じゃない』と。
 村雨は天井を仰いだ。
 『知らねーってのは怖いやな』と。
 劉は捨てられた子犬のように悲しい瞳で俺を見上げた。
 『わいも、京一はんも剣を振るうやん?なんで振るうんか、何のために振るう
  んか、知とったんやないんか』 と。
 ひーちゃんは滅多なことでは見せない、黄龍の瞳を爛々と輝かせた。
 人の言葉を封じる剣呑さを十分過ぎるほど孕みながら。
 『……最悪』と、たった一言。
 ただ一人、俺に責められた紅葉だけが静かに笑った。
 『そうだね』
 と、瞼を伏せて。
 ひっそりと…自分に言い聞かせでもしているように。
 『その通りだね』……と。
 あまりにも静かで優しげですらあった紅葉の瞳を見た途端、俺は…自分が言
ってはいけなかった最悪の禁句を紡いでしまった事に、気づかされた。
 後悔しても仕切れない、壮絶な自己嫌悪と共に。

 「どーして俺って"うかつ"なんだろう」
 つい、考えるよりも先に口が出てしまう。
 そんな俺様だったけど。
 ここ最近紅葉のことばかり考えている。
 紅葉にあんな瞳をさせてしまった償いを、どうすればできるかとそればっかり、
ずっと。
 俺のとんでもない発言を人づてに聞いて激怒した小蒔すら『そんなに反省し
なくてもいいんじゃ?』と眉をしかめるくらいに。
 俺は何度も、何度も紅葉に謝った。
 許してもらえるなんて思ってもなかった。
 ただ紅葉に嫌な思いをさせてしまった事を詫びたくて、ことあるごとどころか、
せっせと会う機会を作って謝り倒した。
 ……けれど。
 紅葉は何も言わずに、いつも同じ瞳で俺を見た。
 何の感情の波もない、静かで優しくて、とてつもなく…虚ろな瞳で。

 『もーやめとけ京一』
 あの凄まじい憤りを見せたひーちゃんまでもが、俺をとめた。 
 『紅葉はもともと…人に交わるのが好きじゃない。京一の発言を機にまた、
  皆と一線を引こうとしている』 
 『何だよ、それ』
 『京一が言った一言を逆手にとったのさ…だから見る者が見れば、京一は
  紅葉にとって良いことを言ったってことになるんだ………俺も最近の紅葉
  見て、実際そう思うようになってきたしな』
 『言ってることがわかんねーよ』
 俺は肩で溜息をついて、ひーちゃんの返事を待ったが、 答えをくれそうに
ない、酷く邪険な視線を投げて寄越した。
 ひーちゃんは時折、ひどく遠い目をする。
 それは例えば黄龍の力を皆の前で使った時に、大半の人間の目が羨望の
まなざしに変わって行くのを自覚しながらも浮かべる、どこか寂しげな目の色。
 『わからねー方がいいんじゃねーの?』
 自分が思うように人に受け止めてはもらえなかったと、そんな風に諦めてし
まった投げやりで冷めた声音は、益々俺の紅葉への奇妙な執着を増長させ
る結果になった。

 体の一部になっていた木刀も最近、心なしか重い。
 木刀でも人が殺せる事実に気が付いてしまったせいか。
 実際人が殺せてしまう自分の性根を知ってしまったせいかはわからない。     
 それでも他に自分の中に巣食う、もやもやとした黒っぽい感情を払う術を
知らなかったから、俺は無心に剣をふるった。
 真神の道場でやるのも悪くはなかったが、あそこは人目が多すぎる。
 俺が剣道部歴代の主将の中で、結構な有名人なのもまずいのだろう。
 何も考えずに剣をふるいたくても後輩に、剣を合わせたいと言われては断
りにくい。 
 卒業してからもふらりと遊びに行っては気紛れに稽古をつけていたのがま
ずかったのかもしれないが、"ほっておいてくれ!"と言った所で、"せっかくお
いでになったのなら、稽古をつけてくださってもいいじゃないですか!"などと
言われてしまう。
 ふとしたことで諸羽に極々たまにだけれど個人的に稽古をつけているのが
バレてしまってからは、ますます肩身が狭い。
 "他校の生徒に教えるくらいなら、真神の生徒にも教えてくださいますよね!"
ってなもんだ。
 生徒として在学中には不義理を強いて好き勝手やらせてもらった償いにと、
可愛い後輩へご奉公を…という気持ちは人並みにあったけど、今は勘弁して
欲しい…というのが本音。
 仕方ないので人目もなく、時間の拘束すらない旧校舎に潜ることにしている。
 たまに犬神の目線を感じることがあるが、奴は不思議と何も言わなかった。
 もしかしたら狼のよく利く鼻で俺の感情を嗅ぎ取っているのかもしれない。
 これ以上、誰かに何かを言われるのは耐え切れそうになかったので犬神の
無関心はありがたかった。
 
 白々と明るい満月が中空に上る頃、俺はまた。
 一人で降りることに慣れつつある旧校舎に足を踏み入れた。

 東京を守るためにと鍛練を欠かさなかったあの頃ほどではないが、一緒に
戦ったそれぞれ己に合った宿星を持つ仲間達も未だに旧校舎へは足を運ん
でいるようだ。
 商売物を只で稼ごうと変なところでケチくさい如月は、麻雀で勝つ度に負け
たメンツを引き連れては旧校舎へと降りる。
 下へと降りれば降りるほどいいアイテムが落ちてるもんだから、かなり無茶
して全滅に限りなく近い状況に陥ったことは一度や二度じゃない。
 かくいう俺も最近でこそ付き合いはしないが、ついこの間までは結構なカモ
の一人だった。
 
 


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