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 「マース・ヒューズ中佐、かね」
 「ええ、そうです」
 同じ確認に、同じ答え。
 「ついに、告白でもしたのかな。彼に子供が出来たとも聞き及んでいる」
 「直接聞いたのでは、ありませんよね」
 「佐、の階級で質問の返答以外を許しているのは君だけだ」
 将、の階級でも気に入っている者以外には、対等の会話を許していない。
 仕事中はさておき、プライヴェートは絶対に。
 「そうでした、ね。奴の誰それ構わぬ惚気トークが、回り回って届いたのでしょう……」
 「告白して、撃沈したと、そういうことかい」
 「はい。お前とだけは寝れないと、言われました」
 この美貌で、恐らくは衣服の下に隠れた完璧であろう肢体の前に、よくもまぁ。
 そんなセリフを吐けたものだ。
 その点に関してだけは、尊敬に値するよ。
 残念ながら、君にとって、どれほどロイ君が大事だったのか。
 欠片さえも、伝わらなかったようだけれども。
 「全く……私を復讐の道具にしようとは、困った子だね」
 「それでも、いいから……欲しがって下さるんじゃないんですか」
 「まぁ。私はどんなに君に嫌われても君が好きだよ。何ていったって初恋だし」
 「……閣下?」
 訝しげな、顔。
 自分でも間抜けたセリフなのは百も承知している、けれど。
 「本当だよ?閣下という位置につくまで、私が意思を持つ事は許されなかったからねぇ」
 何人もの人柱候補があがった最中。
 最有力候補ろもいわれた、ティム・マルコーを拘束しているので。
 とーさまは、それなりに満足していらして。
 ずっと、ずうっと好きだったロイ君に、優しくする事を許された。
 「ここにきて、せっかく。君に優しくするのを許されたんだ。何も好き好んで酷くは、したくな
  いよ」
 「でも、閣下。酷くして、下さるならば。私はこの先一生貴方のモノですよ」
 「一生?」
 「ええ。一生。貴方が下さった二つ名・焔の銘にかけて誓います」
 「……それは、魅力的だね」
 抗えない、くらいには。
 「一度、だけだよ?」
 私は天井を仰いで、ロイ君に手の甲を差し出す。
 「ずっと、して。下さるんじゃないんですか」
 まるで淑女のように、私の手を取ったロイ君は、妖艶に笑った。
 誘う、娼婦の眼差しだ。
 相手に欠片も、特別な感情を抱かない、冷えた瞳。
 「一度だけだ。で、ないと」
 美しい、私を捕えて話さない焔が揺らめく色に、満足した私は、ロイ君の身体を抱き寄せる。
 華奢な身体は、たやすく私の腕の中に納まった。
 「君を、壊してしまうから。私の本気のSEXは、そういうものなんだ」
 「壊してくださって、いいのですよ」
 「簡単に楽にして欲しくないだろう。ヒューズ君への復讐は、君が生きてこそ、なるものだ。
  違うかね?」
 「そうですね。その、通りですね」
 縋るような色に、引き寄せられて唇に触れる。
 薄くて、やわらかで、冷ややかな口付け。
 「さぁ。寝所へ行こうか。準備は万全なのだろう?」
 ヒューズ君と、恐らくはただ一度の交わりを果たす為に、必要最低限以上の準備はしてあっ
たのだろう。
 それをそのまま、私に使えばいい。
 「はい。全て整っております」
 頷くロイ君は、目線の一つで私を寝所へと案内する。
 「どれ、っと」
 「閣下!」
 「何だね?」
 抱き上げて運ぼうと思って、実行した。
 「恥ずかしいです!」
 「ナニを今更。新婚初夜ならではだと思うがね」
 私の腕の中で、あわあわと暴れるロイ君は、本当に可愛らしい。
 「君は、私の腕の中で、大人しくしていればよいよ」
 「……はい」
 「これからも、ずうっと、ね?」
 「……はい」
 「いい子だ」
 もしかして、まだ夢なんじゃないだろうか、と頭の隅で思いつつ、寝室へと足を踏み入れる。

 「……うーん」
 「どうしました、閣下」
 「や。どうせ君が起きられなくなるまで、してしまうのなら、ここでしない方がいいのかなー
  と思ったんだ」
 ましてや、そのまま囲い者にして、私だけの愛人にするつもりだから。

 それに、ここはやっぱり。
 ロイ君が、マース・ヒューズの為に設えた褥。
 
 「私の持つ別宅でどうだろう。車で三十分ほどだ」
 「もしかして、囲ってくださるんですか?」
 「一生私のモノになるというのなら、必然だろうに」
 「……味見、しなくていいです?」
 「君の身体はイイに決まってるからね。必要ないだろう。だいたい味見で終われる自信もな
  いよ」
 何となく甘い香りのする身体を、今すぐに貪りたいと年甲斐もなく盛っているのだから。
 「荷物は後で取りにこさせればいい」
 「思い出を連れてゆくのを許してくださるなんて、寛容な方ですね」
 「君に嫌われたくないだけだ……さて、それでは車を呼ぼう。少しだけ。待っておいで」
 「はい」
 未だかつてロイ君が、私の言葉にこんなにも従順に頷いた例があっただろうか。
 これからは、ずっと私に甘く。
 私の甘やかしを受け入れるロイ君が、側にあるという。

 きっとこの先。
 どんな惨劇が私を待ち構えていようとも、全てはロイ君を手に入れた等価交換だったと思え
るだろう。
 電話をして、車を呼び寄せる時も私は、ロイ君の身体を抱き抱えたままだった。

 「ここが?」
 「ああ。そうだよ。元々は一人になりたくて購入した家だから、さして広くはないけれど」
 「十分過ぎますよ……ベッドも広いし」
 「そうだね」
 中央司令部よりは、車で一時間。
 毎日通っても苦にならない距離。
 そう考えて、購入した一軒家。
 一応ファミリー向けという売り文句だったので、それなりの広さはあった。
 一人の時間が欲しい時ようなので、書斎と寝室には金をかけてある。
 ベッドルームの大半を占めるキングサイズのベッドは、幾重のヴェールに包まれた天蓋
ベッド。
 音も光も遮断しないが、隔絶された空間を作り出す雰囲気が好きで誂えさせた。
 ヴェールを掻い潜るようにして、ロイ君の身体をベッドの上に乗せる。
 
                               


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