「ええ、姉様」
「では、今日。母様とホテルランチをする予定だから、一緒に行きましょう。その時に、
エスコートしてもらえると嬉しいわ」
「はい!姉様っつ」
「その前に、母様。一緒にショッピングして、今日のアフタヌーンティーの時に着る洋服を
買って頂けますか」
「まぁ!ロイからのオネダリなんて嬉しいわ。部下の皆さんが、びっくりするようなステキな
衣装を選びましょうね」
セリムは目を輝かせ、母様は両手を打ち立てて喜んでくれた。
キングだけが益々渋い顔をしているが、まぁ、フォローは何時でも出来るし、彼にしか
出来ないオネダリもある。
「……ロイ。ジュースは」
「オレンジジュースを頂けますか」
だから、むすっとした声で尋ねられた問いにも。
取り合えず、間髪入れずに微笑んで答える。
そうすれば多少なりともキングの機嫌が浮上するのを、熟知していたから。
これが、アフタヌーンティーセットの仕上げ。
先程から、母様、リザ、ブレダの目線が自分の手元に集まっているので、緊張が強い。
沸騰仕立てのお湯を、手早くティーポットの中に注ぐ。
茶葉のジャンピングが起こっているかを確認し、そっと蓋を閉める。
高級な紅茶である為に、蒸らし時間は長い。
取り合えず、その状態で一旦手を止めた。
「……はぼにも見せてやりたい手際っすね」
「……あら、貴方。こんなに愛らしいロイさんを、ハボック少尉に見せられるの?」
「あーんー。そっすねぇ。あいつ、実は清楚系美少女にも弱いんですよね」
「美少女は止めて下さい。母様の選んで下さった洋服が、私を多少なりとも綺麗に見せて
いるだけです」
隣に座って、普段より幾分かきつい眼差しで紅茶を入れる手付きを見守っていてくださった
母様が、それこそ年齢を感じさせない少女のような笑い声を立てる。
「ふふふ。素材が良いからよ?淡いピンクも愛らしいのだけれど、今日は貴方方が来ると
聞いていたから、純白を誂えてみたわ」
「恐縮です」「恐れ入ります」
二人が生真面目に頭を下げるのに、母様は微笑を深くした。
「もう一着も見せてあげたいわね。そちらはセリムが選んだのよ」
「一着で十分ですと、申しましたのに」
ランチの予約時間に間に合わないかと思った、白熱したブティック内での舌戦。
『ミニスカートなんて駄目です!姉様にはロングスカート。しかもタイトスカートです!』
『何を言うのセリム。それじゃあ、ロイの可愛さが生かし切れないわ!くるぶしが見える
くらいの、ふわっと広がるフレアタイプのミニスカートが一番よ!』
生温い微笑を浮かべざる得なかったが、ブティック内の人も楽しそうに、どちらともを万遍
なく応援した。
結局、時間が迫った現実に焦れた私が、二着買うことを提案したのだ。
「ああ、じゃあ、ぜひ。ハボに会う時は、ロングスーカートで」
「そうね。タイトスカート仕様で……胸元は開いてませんね?」
「タートルネックだよ」
「では、ぜひ」「それで、お願いします。」
ハボックが聞いたら、あの垂れ目の端を更に落として嘆くだろう。
人を獣扱いしないで下さい!と言って。
「じゃあ、私はこれで失礼するわね」
「ええ。お手間をかけてしまって、申し訳ありませんでした」
「まぁまぁ、ロイったら。そんな他人行儀な真似はよしてちょうだい!」
「はい。お母様……ありがとうございます」
「そう、そう。それでいいのよ。じゃあ、皆様もごゆっくり」
ご機嫌のまま母様は部屋の中に入って行った。
「……幸せそうですね。ロイ」
テラスから、ロイの自室、そしてその外のドアを抜けて、母様が完全に姿を消したのを見計
らって、リザが話しかけてくる。
「……こんなに穏やかな気分は、初めてかもしれないよ」
「みたいっすね。良かったっスよ」
ブレダも、嬉しそうに笑った。
「紅茶ができるまでは、スイーツでも食べてくれ。ブレダが来るっていうから、サンドイッチは
ローストビーフが入ったのにして貰ったぞ?」
「うぉ!マジっすか。じゃ、遠慮なく頂きます」
「リザにはプレーンなスコーンがオススメだ。出来立てで、クロテッドクリームも蜂蜜も
用意してある」
「じゃあ、一つ目はクロテッドクリームで」
やわらかく笑んだリザは、繊細な指をスコーンに伸ばしてクロテッドクリームを塗り、
すっとロイに差し出してくる。
「どうぞ?ロイも大好きでしょう?」
「ああ。ありがとう」
まず私を優先する癖が抜けていないのに苦笑して、スコーンを受け取る。
しゃくっというクッキーの感触が堪らない。
濃厚なクロテッドクリームが、生地を包み込んで優しく、喉を滑ってゆく。
「……あちらは相変わらず忙しいか?」
「ええ。ロイが居ませんから。仕方ないですね」
「でもまぁ、グラマン中将が重い腰上げてますし」
「中央から派遣されてきた佐官がロイの知り合いだったみたいで、お爺様、頑張る気に
なったみたいです」
「誰だろう?」
知り合い程度の輩はいくらでもいたが、グラマン中将が気に入ったとなるとメンツは限られて
くる。
口調から、リザとブレダも気に入っている事が察せられたし。
「コンラッド・ハルトヴィック少佐」
「はぁ?コンは南方司令部にいたはずだぞ?」
士官学校時代から変わらず、こんな拙い自分を支えてくれる数少ない友人の一人。
ヒューズをもぅ、親友と呼べなくなった今。
奴が一番親しい友人という位置につくだろう。
「閣下が召還したみたいですよ」
「親馬鹿炸裂っすね」
「……家ではさて置き、軍でも親馬鹿ぶりを発揮されるのはどうかと思うんだが」
まぁ、結果。
リザ達、東方司令部が少しでも落ち着いて仕事ができればいいのかもしれないが。
「親馬鹿と言えば、奴の事ですが」
「……紅茶が仕上がったから、少し、待ってくれ」
今だ、自分の中で割り切れていない。
ヒューズの話を他人の口から聞くには、まだまだ勇気がいる。
私は、十分に蒸らした紅茶をティーカップに注いだ。
リザ、ブレダ、自分の分を順番に入れると、それぞれの前に置く。
「リザにはストレート、ブレダには蜂蜜がいいだろう」