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 女として見られていない訳ではないが、求められているのは娘。
 何でこんな事になったのか、今でも首を傾げる。

 抱かれたのは、本当に最初の晩だけ。
 次の日には盛装をさせられてランチタイム。
 キングの妻には、娘。
 息子には、姉ができたと紹介されて、驚いた。
 否定する間もなく、邪気など何処吹く風。
 真摯に喜ばれてしまってそのまま、数ヶ月。
 肉親の情に薄かった私にとって、穏やかで優しい母と純粋に慕ってくれる弟の存在は、
堪らなく得がたいもので。
 二人きりになっても娘を溺愛する父親という立場を逸脱しないキングに、戸惑いを覚え
ながらも絆されてしまった。
 「キング?」
 「なんだね」
 「私は、これでいいんですか?」
 

 「無論」
 「ですが……」
 「十分過ぎると思うよ。彼が否定した女性の姿で。彼が絶対に与えられない状況下で君は今。
  至福に身を委ねているのだから」
 ヒューズは、親友だった。
 や、親友という枠を超えて、私を慈しんでくれた。
 しかしそれは、私が望むものではなかったので、一度たりともそれを幸せだと感じた事はな
かったのだが。
 「彼はね。君を大事にしていた。幸せにもしたかっただろう。誰の手でなく、自分の手で。
  少なくともそれぐらいの執着はあっただろうよ」
 「そうでしょうか?」
 「ああ。だからきっと。今私が与えた環境に微睡んでいる君を見て、ショックを受けるだろうね」
 「本当に」
 「もう。少しはパパを信じなさい。近く、君のお披露目を考えている。その時のパーティー
  会場に、彼を呼んで見せ付けてやりなさい。君が幸せな様を」
 「お披露目、ですか」
 ヒューズに八つ当たりにも程がある復讐を誓った時点で、軍人であった自分は捨てた。
 女体化した身体を見ているのは、軍部でも元マスタン組の側近だけだったから、軍人を多く
招いてのパーティーでも、私がロイ・マスタングと気付く人間は少ないであろう、しかし。
 あまり、女性化した自分を多くの人間に見られたいとは思わないし、ましてや、閣下の養女と
して公式の場に出るなど、許されるのだろうか。
 母様やセリムが、嫌な思いをするに違いない。
 「……母様やセリムが……嫌がると思うのですけれど……」
 「ロイ……一体何時になったら、二人がもしかしたら私より、君が家族の一員となっているの
  を喜んでいるのだと、わかってくれるのかね」
 キングは、私を順調に出世を重ねる優秀な女性仕官であったが、家族や後ろ盾がなかった為、
到底逆らえない高位の軍人から結婚を強制されてしまって、大変困った状況に立たされている、
と説明している。
 更に、軍人を辞めてもしつこく付き纏いそうな勢いの相手なので、私が養女として彼女を
迎え入れ、護ってやりたいのだと。
 そんな風に。
 母様は同情し、セリムは激怒し、二人とも喜んで私を護ると声を揃えて言って下さった。
 そう、所詮は同情と怒りが元でしかないのだと、私は思っている。
 家族内のことでならまだしも、公式のお披露目となれば、話は違ってくるだろう。
 私は、別に。
 ヒューズにさえ復讐が成せれば、後はどうでもいいのだ。
 できれば、母様やセリムを傷付けたくはない。
 「そもそも、細から言ってきたんだよ?『貴方。一体何時になったらロイを私達の娘として
  皆にお披露目をするんです』と」
 「え?」
 「セリムは『お披露目の時、一番最初に踊るの権利は僕に下さい。父上ではなく』と言ったし」
 「はぁ?」
 「偽りの説明を鵜呑みにしている二人は、それでも君と一緒に暮らしているうちに、君をとても
  大切に思うようになったんだよ」
 頬を包み込まれて、あやすような口付けが目の端に届く。
 「まぁ。私がこれだけ溺れているんだ。細やセリムが君を大事に思わない訳がない」
 「しかし!」
 「ちょうど、朝食の席でこの話をするつもりで居た。そんなに気になるなら二人の真意を聞き
  なさい。二人とも、もう食卓に座っているだろうしね」
 「あ!そうでした。とにかく参りましょう」
 「そう。それで良い」
 キングは、最近私に見せるようになったとても穏やかな、父親の顔で私に腕を差し出してくる。
 もうヒールの高い靴にも慣れて、キングの腕は必要でもなかったのだが、こうして、父親に
腕を借りて歩く娘の風情も板についてしまった。
 母様とセリムには、それがとても。
 好ましく見えるらしい。
 何時も、嬉しそうに私を。
 私とキングを迎え入れてくれる。
 小さな息を一つつくと私は、キングの腕に自分の腕を絡ませて、ダイニングへと足を運んだ。

 「おはよう、ロイ」
 ダイニングへ足を踏み入れた途端。
 母様の優しい声が届く。
 「おはようございます、母様」
 ドレスをついと摘んで会釈をすれば、微笑みは更に深くなった。
 「おはようございます、姉様」
 ついで義弟となったセリムの、年の割りにはっきりした口調の中に歓びを溢れさせた声。
 「おはよう、セリム」
 何故か目の端を赤く染めたセリムは、私が座る椅子を引いてくれる。
 「おいおい、二人とも私への挨拶はないのかね」
 「……おはようございます、貴方」「……おはようございます、父上」
 「……何で朝からそんなに、恨めしい目で見詰められねばならんのかね」
 セリムに私の椅子を引く役目を奪われてしまったキングは、難しい顔をしながら席についた。
 「貴方が、私の好みを無視して、ご自分の好みでロイを飾り立てるからですわ」
 「父上が、朝から姉様を独り占めするからです。僕だって、姉様をダイニングにエスコー
  トしたいんです!」
 ……二人とも真剣に怒っているようだ。
 私は、ここで喜ぶべきなのだろうか……単純に困るよな。
 そんな事で、怒らないで欲しいのだけれども。


 「……セリムは、今日。ランチの予定は入っていなかったかしら?」
 キングは母様とセリムを、軍の世界へ巻き込みたくはないようだ。
 しかし、大総統の後継者という立場のセリムを、周りは放置しておいてはくれないらしい。
 まだ幼い身でありながら、朝食はさて置き、ランチはほとんど公用に拘束されてしまう。




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