まだ、寝入る事はないのだ。
あとは自然乾燥で十分だろう。
「はい。お疲れ様でした。これで、おしまいです」
「ありがとう」
「えーっと。お水、飲みますか。喉渇いたでしょう?」
「そう、だね。もし、炭酸水があればそれを」
「少し待っていて下さいね」
キッチンへ行き、炭酸水の瓶とグラスを持ってきて、テーブルの上に置く。
泡を溢れさせないように慎重に注いで、手渡した。
余程喉が渇いていたのだろう。
ごくごくごくと一息に飲み干してしまうので、瓶に残っていた半分程の炭酸も全て注ぐ。
それも、一息に飲み干したロイさんは、人心地がついたのか、ほ、と溜息をついた。
「……アル君?」
ソファに座るロイさんの正面、ちょこんと座った僕は呼ばれて、真っ直ぐに彼女の瞳を見詰
める。
真っ黒で綺麗な瞳は、初めて会った時から変わらない綺麗な色。
「はい。何でしょう。お水のお代わりです?」
「いや。お水はもう良いよ。ありがとう……これから、のコトなんだけど。私はどうすればいい
んだろう?」
「この家の中から一歩も出ないで頂ければ、何をしても構いませんよ」
「一歩も、ね」
「……研究に勤しめば気にならないでしょう?」
「勤しめれば、気にならないだろう」
「……ロイさん?」
「自らの意志で出ないのと、外部からの意志で出ないのでは、ストレスが違う」
「……じゃあ、一ヶ月くらいしたら解禁します。でも、外出は必ず僕と一緒に」
「無難な所だな……」
ふむ、と頷いたロイさんは続いて爆弾宣言をかましてくれる。
「SEXの頻度はどれくらい?」
「ロイさん!」
「するんだろう?だから、私を女の身体に錬成したんじゃないのかな?」
とにかく、ロイさんを軍属に二度とつけず、自分が庇護できる対象に挿げ替えてしまいた
かった。
錬成に挑んだ時は、そんなコト頭の片隅にもなかった、けれど。
こうして、起きているロイさんを見れば果然欲望は湧き上がって来る。
耐えに耐え抜いてきたから、その分溜まった欲望は際限ないだろう。
「したいです。際限なく」
「……初めてなんだから、加減して貰えればありがたいね。するな、とは言わない……
けれど」
「はい」
「そのSEXに心が伴っているとは、思わないでくれ」
「っつ!」
「私は身体の繋がりだけで誰かを愛せるほど、お気楽な性分じゃないんでね」
冷ややかな物言いに、背筋が凍る。
「君がそれに耐えられるというのなら、好きにすればいいさ」
「どうしたら、僕を愛してくれますか」
「どうもこうもないよ?最初に言っただろう。君とは一生一緒にいれないと。それは君を一生
愛せないと言う事だ」
「っつ!」
「大切には、思っていたけどね」
憐れみを含む物言いに、今度は頭に血が上った。
それはつまり、今は大切に思えないと、そういう事なのだから。
「……僕は、こんなに愛しているのに」
「だから、私も君を愛せと? それはアル君。ストーカーの理論だ」
「ストーカー?」
「ああ。知らないのかい? 最近の言葉だからね」
不意にロイさんは、軍人の目に戻ってしまった。
どこまでも冷静で揺らぐ事のない瞳。
「特定の他者に対して執拗につきまとう行為を行なう人間をそう表現するんだ。色々なタイプ
があるし、解釈もまだ曖昧な部分が多いけどね」
「僕は、つきまとってはいませんよね?」
微笑が、深くなった。
氷のような、どこまでも冷ややかなそれに、走った怖気。
この人が屈指の軍人であったのだと思わせる、覇気にも近いものに飲み込まれそうになっ
て、大きく頭を振る。
「私の意志を無視して、私を好きにしようとしているんだ。監禁は付き纏いの最終形態らしい
よ?」
「でも! 僕は貴方を愛してっつ!」
「……ストーカーの半分以上は、好意からよるものだ。そして、プラス2〜3割が、好意を受
け入れられなかった事による怨恨だ」
「僕は!」
「怨恨ではないから、マシだって言いたいのかい? 私に取っては同じだよ。どの道監禁な
のだとすればね」
「ロイさん……」
僕は随分と彼……彼女を甘く見ていたのかもしれない。
ここまですれば、正直。
ほだされてくれると思っていたのだ。
「……そんな顔をしても、駄目だよ。私は確かに君のその手の表情に弱いけれど。それは、
あくまでも。私が知るアルフォンス君だから弱いのであって……私の意志を無視して嫌
がることしかしない君が、どんな顔をしても心が動く事はない」
「っつ!」
「……今からでも遅くないよ? 身体は変わってしまった事は、まぁ。さて置き。監禁から
解放してくれれば、君を許すけど」
それが、今のロイさんにしてみれば最大の優しさなのだろう。
けれど。
「いいえ。許されないかもしれないと、頭の隅では覚悟をしておりましたから。僕は、僕の
好きにします……例え貴方が、僕を否定しても」
「そう」
「首に手を回して下さい。ベッドルームへ運びます」
彼女の腰に手を回して囁く。
「一人で歩けるよ」
「新婚さんは、こうして運ぶのでしょう?」
ひょいっと軽い身体を抱き上げた。
される側の憧れの方が強いと言われる姫抱っこ。
しかし、ロイさんは。
「新婚さん、ね」
僕の言葉を繰り返して、大人しく腕の中静かになった。
手を、回してはくれなかった。
「……ロイ、さん?」
ベッドにそっと下ろして、その華奢な身体に覆い被さるようにして、顔中にキスを降らせても、
彼女の目は閉じたままだ。