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 それでも、何時も諌める側が、諌められる側に回った不満と不満は腹の中でぐるぐると回る。
 「うん。遠慮なく、そうさせて貰う」
 ひらひらっと、軍部で誰かをいなす時に良く見せた仕草をしたマスタングさんに、安心した
のか兄さんは口の端を上げて笑って、部屋を出て行った。
 一瞬。
 苛烈な眼差しで、僕を諌めるのを忘れもせずに。
 「アル君。君は、私が、君と一緒にはいれないと。一生一緒にいれないと言ったから、こうし
  たのかな?」
 「そうです。貴方を誰の手にも渡したくなかった。自分のモノにしてしまいたかった。例えど
  んな手段を使っても!」
 「そうか……私が悪いのだね?」
 本当は違う。
 悪いのは僕だ。
 勝手に好きになって。
 勝手に独占したがって。
 勝手に暴挙に出て。
 取り返しのつかないことをした。
 僕が、悪い。
 「……ええ、そうです。みんな。マスタングさんが悪いんです。責任取ってくれますよね?」
 「君の望む責任の取り方とは?」
 「僕の恋人になって……僕以外の誰とも会わないで」
 「……エドワードはどうするんだい」
 「……兄さんは例外。でも、二人きりでは会わないで。僕のいない所で二人きりで会話を
  しないで」
 無茶苦茶な話だ。
 自分で言っていても、ふざけるな!と思う。
 けれど、マスタングさんは違った。
 「君の、好きなように。いいように、しよう」
 そう囁くと。
 また、寂しそうに、笑った。
 「本当に、いいんですか?」
 「良いよ。今の私に君を殺してまで私の望む本当を遂行しようとする、力も気力もない
  からね」
 言葉の中、さらっと毒が混じったが、その方がマスタングさんらしくて安心する。
 僕は、安堵の溜息を付くと、マスタングさんの華奢な身体をもう一度強く抱き締めた。

 「飲んでも良いかな、ホットミルク」
 「勿論、いいですよ」
 「エドワードを呼んでも?」
 「……そう、ですね。これ以上心配かけるのもよくないですね」
 「うん」
 僅かに緩めた抱擁からマスタングさんの身体が、するっと抜け出る。
 億劫そうに椅子の上に落ち着くと、マグカップを両手で包み込み、中のミルク向かって
ふーふーと息を吹きかけ始めた。
 「ますたんぐさん?」
 なんだい?と目線だけの返事。
 口はちょうどホットミルクを含んでいるところだった。
 「ロイさん、って呼んでもいいですか」
 こく、と喉が動いた。
 ホットミルクを飲み込んだだけの仕草が、どうしてこんなにもエロティックなのか。
 「君の、好きに」
 今日だけで何度聞いたかわからない、その表現。
 ロイさん自身の意志など、どうでもいいという投げやりさを感じるけれど、今は仕方ない。
 時間をかけて、ロイさんに僕と同じ気持ちになってもらえるように、努力するだけだ。
 「じゃあ、ロイさん。兄さんを呼んできますね」
 今度は、マグカップごとこくりと頷かれる。
 もしかすると話をすること自体、辛いのかもしれない。
 何せ、実に久しぶりの起床なのだから。
 話したい事はまだまだあれど、せめて少しでもロイさんの希望にこたえようと僕は、兄さん
を呼びに行った。

 「兄さん。今日はどうする。泊まっていくの?」
 目覚めたロイさんと二人きり。
 正直、もう少し僕の気持ちが落ち着くまでは一緒にいて欲しかった。
 兄さんがいなくなってしまった途端。
 ロイさんに襲い掛かってしまいそうな自覚があるからだ。
 「や。仕事が立て込んでるから帰るつもりだ。朝イチで届けなければならん物もある」
 「……二人で住んでいるんじゃなかったのかい?」
 「ああ。俺は一人で便利屋みてーコトやってる。旧マスタン組の人達が贔屓にしてくれっから、
  仕事には事欠かないぜ。ハードではあるがな」
 「君が、軍属でもないのに、軍と関わり合いを持つとは思わなかったよ」
 「俺もだ」
 つ、と強い目線が寄越される。
 マスタン組の人達がどれだけ心配しているかを知っているから、わざわざこんな話題をした
んだろう。
 僕はぎりっと、唇を噛み締めた。
 「直接が駄目なら、君に伝言してでも無事を伝えたいんだけど……駄目なんだよね?アル
  フォンス君」
 「はい。駄目です。そんなコトしたらロイさん。軍に戻るでしょう?」
 「……どうだろうね。この体では難しいだろう。錬金術も使えるかどうかわからないし」
 その点に関しては五分五分。
 術の錬成は想定以上の繊細さで行われる。
 身体が変化してしまったら……例えソレが、元の体から何一つ足しても引いてもいないもの
だったとしても……術が施行できない可能性は否めないのだ。
 両掌を見て、溜息をつくロイさんの背中を抱き締めることで、慰めたつもりになる。
 「何時か。私が無事である事を、彼彼女等に伝えるのが私の望みだと、それだけは覚えて
  おいてくれ」
 「はい」
 「……ああ。んじゃーそーゆーコトで俺は帰るよ。た…マスタングさんも何か要望があれば、
  出来うる限りで叶えるから。次に来た時にでも言ってくれ」
 「……君に、叶えるから……なんて言って貰える日が来るとはなぁ」
 「茶化すなよ」
 「ごめんごめん。感謝してるよ。お言葉に甘えさせて貰うと思うから。その時は宜しく頼むよ」
 「おう」
 答える兄さんの、嬉しそうな顔。
 僕とは違う……もしかしたら同じ意味でロイさんが好きな兄さんは、きっと。
 頼られて喜ばしいんだと思う。
 以前は、頼ってばかりの情けない存在でしかなかったから。
 「……兄さん。玄関まで送る」
 「ああ」
 「気をつけてな。エドワード」
 「んなに、ガキじゃねーよ」




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