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 12月20日

 丸一日経っても、龍麻の意識は以前回復しない。
 僕がずっと側にいた所で、龍麻の意識が戻るわけでもないので、帰宅するが、
どうにも落ち着かない。
 頭の片隅が、何だかざわざわしている感じだ。

 人を、殺す前に感じる僅かな緊張感に、近いかもしれない。





 12月21日

 標的がその時間しか外へ出ないというので、学生が繁華街を歩くのはふさわ
しくない平日のお昼時。
 僕は目黒に赴いた。
 最近流行の悪徳美容師を紐殺。
 道具は足がつくので、滅多に使わないが、自殺っぽくみせかけて欲しいという
依頼だったらしい。
 普通に首を締めたのでは、幾らなんでもごまかしが効かないので、裏密さんか
ら流して貰った、催眠香を使った。
 忍び込んだ美容師の私室。
 眠りこけている美容師の側を忍び足で抜け、天井から紐を括り、香を焚く。
 ぼんやりと目を覚ました美容師は、夢現のまま、僕が用意した踏み台に乗っ
て、輪にしてある縄に首を通して、そのままゆらっとぶら下がった。
 暗示をかけるまでもなかった。
 もしかすると心のどこかに、罪悪感が、あったのかもしれない。

 身体を動かさなければ、寝付けそうになかったので、本人はいないのを承知
で、人殺しをすませて間も置かずに紫暮道場に足を向けた。
 意外にも本人は、いた。
 いつでも龍麻の元に行けるようにと、休みをとったらしい。
 『龍麻に怒られるだろうが、な』
 苦笑の影には、疲労の色も濃く。
 そんなにも親しくはない関係だと思い込んでいた自分を恥じる。
 皆、皆。
 龍麻が大切なのだ。
 ぼんやりと紫暮さんを見ると、こほんと咳払いをした紫暮さんは僕の頭をくしゃ
くしゃっと掻き混ぜた。
 『大丈夫だ。壬生。大丈夫。龍麻は、お前だけは置いて逝かないから』
 そして、蓬莱寺さんと同じ言葉を穏やかに囁く。
 
 僕は、誰の目から見ても。
 そんなに、龍麻に依存しているのか。




 
  12月22日

 宿星の仲間達が入れ代わり立ち代り様子を見ているらしく、頼みもしないのに、
龍麻の容態を綴ったメールが送られてくる。
 最後の文面は皆、同じ。
 『龍麻の意識はまだ、戻っていません』

 溜息混じりに寝返りをした窓の向こうに、ぽかりと満月が浮かんでいた。
 皮肉にも真円の月は、血にまみれたように、紅。
 まるで、月の光に惑わされたように、ふらふらと家を出て。
 無意識の内に、降り注ぐ光が強い場所へ、向かっていたらしい。
 かなり強い力で腕を掴まれて、顔を上げればそこには。
 
 紅の月を背に、犬神さんが立っていた。
 『ここから先は、禁域だ』
 「禁域?」
 『そうだ。人が踏み込んでいい場所ではない』
 「狼なら、いいんですか?」
 『ああ、そうだ』
 僕が知る人の中で、たぶん唯一、僕より命を屠ってきた人。
 犬神さんには、血まみれの月がとてもよく似合う。
 『緋勇があんなんじゃあ、対のお前がここに来るのもわからんじゃないがな。
  早く帰れ』
 初めて見る優しさと。
 『あいつは、こんなとこで死ねる存在ではないんだからな』
 肩に置かれた大きな掌のぬくもりが、心地良くて。
 龍麻が倒れて以来、三日ぶりに、穏やかな風情で目を閉じる。

 目を開ければそこは、蒲団の上。
 
 僕は夢を見ていたようだ。

 窓の外に浮いている月は、満月に変わりは無かったけれども。
 綺麗な銀色をしている。

 肩に残るぬくもりだけが、酷く、リアルで。
 何となく、龍麻が目覚めそうな気がした。




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