最後は、龍麻。
僕がいる麻雀に、彼が出てこなかった試しはない。
煙草に喉と目をやられて、外の空気を吸いに縁側に出ていたところを背中か
ら抱き締められて、顎に指がかかったと思ったら、葉が強い口付けが降ってくる。
いつも気配がないのにも驚かされるが、人様の家でこういった行為に及ぶ神
経がわからない。
そのままシャツをたくしあげようとする指先をがっちりつかみながら、考えてい
ることを述べると。
『どこにいても紅葉に触れていたいだけ』
と悪びれもせず、肩を竦められる。
例えば人に知られて、困ることは別に無いけれど。
翡翠さんや、村雨さんや、雨紋君が、僕達を見て嫌な思いをするのは。
たぶん……悲しい。
12月16日
眠い目をこすりながら、本来なら体験するはずのない、通勤ラッシュを経験し
つつ、目標を瞬殺。
僅か目測を誤ったが、声を上げさせる間もなく心臓へ陰の気を叩き込んだ。
宿星に目覚めて得た技だが、暗殺には便利で重宝している。
すし詰めの状態の中、大量に吐き出される人と共に、新宿で降りる、
死体は反対側の扉に手すりに腕を絡ませた上で、寄りかからせた。
悲鳴が上がらなかったところを見ると、ばれなかったようだ。
後ろを振り返るでもなく、そのまま拳武館に向かった。
『壬生さん!』
拳武館からの帰り道。
館長からの頼まれ物で渋谷に出向いたら、背中越しに声をかけられた。
『ああ、君か』
僕に嫌われていると知りながらも、わけ隔てない敬意を払うのは、まあ、いい
んじゃないの?
『はい、お久しぶりです。壬生さんが渋谷なんて、珍しいですね』
『用が、あってね』
『そうじゃなきゃ、渋谷なんてきませんよね?僕は……』
『舞園さんからみだろう』
話を早く切り上げたいという雰囲気がありありと見て取れるのに、話を続けた
がるのには、閉口する。
『ラジオの公開録画なんですけどね。まだ3時間ぐらいあるんですけどスッご
い人で……』
『じゃあ、君も。早く戻った方がいいね?』
言い様、背中を向けると。
『はい、そうします。壬生さんも頑張ってくださいね』
こりない声が届いた。
暗殺を、頑張れって?
悪気は全くない分性質が悪い。
やっぱり僕は、彼が大嫌いだ。
12月18日
『何だか俺、化け物みたい』
合鍵を渡したはずもないのに、僕の家に入り浸る龍麻が神妙な顔つきでそ
んなことを言い始めた。
『詳しい話は、明日聞くんだけど』
珍しく、僕を押し倒そうともせずに、抱えるように抱き締めたまま。
『今更面を覚えてもいない親の因縁とか言われても、困るよな』
別に、龍麻が化け物でも、龍麻であることには変わらない。
誰の、どんな規定が龍麻を『化け物』扱いするのかはわからないけれど。
きっと、同じ規定で僕も『化け物』だ。
だって。
何の罪悪感も持てずに、人が。
殺せる。
12月19日
龍麻が殺された、と。
聞いた。
仕事を終えた身体で、病院に行けば実際は意識不明の重態だった。
が。
死んでいるのも、意識不明の重態もあまり変わらない気がした。
面会謝絶だと思ったのだが。
一人だけ部屋の中に入っていた蓬莱寺さんが、僕を招き入れてくれた。
龍麻はベッドの中。
すやすやと寝息をたてていた。
僕の隣で寝ている時と変わらない風にも、見えた。
頭と蒲団の上に出ていた腕にぐるぐると包帯が巻かれていなければ。
包帯の巻かれていない頬にと、触れた僕の指先に、氷のような冷たさが伝わ
ってこなければ。
どれくらいそうして、龍麻の頬に触れていたのだろうか。
『大丈夫だから、紅葉。絶対ひーちゃんは助かるから。紅葉を置いて逝ったり
しねーから』
気が付けば背中越し、僕の身体を抱きかかえた蓬莱寺さんが耳元で繰り返し、
繰り返し。
囁いていた。
ぎこちなく、振り返った僕の目に映った蓬莱寺さんの姿は、何故かひどく歪ん
で見える。
蓬莱寺さんの不器用なはずの指先が、そっと僕の眦に触れて初めて。
自分が、泣いているのを、知った。