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 12月5日

 村雨祇孔という人物にあった。
 高校生の癖に、自分を賭博師と称する胡散臭い男だ。
 あの、秋月に仕えていると聞いて、驚いたが。
 僕が知らなかっただけで、懐の広い組織なのだろう。
 初対面にも関わらず、いきなり首根っこを掴まれて。
 『初めまして、拳武の暗殺人形』
 と。
 僕にしか聞こえない掠れ気味の声で囁かれた。
 表情を変えたつもりはなかったが『どうしてわかったのか』と。
 無言で問うていたらしい。
 更に低い声で。
 『いい香りがするからな』
 と、肩を叩かれた。
 血の香りを『良い芳香だ』のたまえる、神経を疑うが。
 僕程度の修羅場をくぐっているは、目を見てわかった。
 決して人に慣れない、獣の目をしていた。
 組織の中にあっても、己を貫けるだけの実力と精神力を伴った人間はとて
も少ない。
 緋勇は、良い仲間を手に入れた。





 12月10日

 登校前に、朝のジョギングを欠かさない健康的な金融業者を瞬殺。
 右側頭部に仕込み靴の爪先がめり込む蹴りを一発。
 よろめいて勝手に川に転がり込んでくれたのは、僥倖。

 下校時本屋に寄る前に、地方から出てきた有名裁判官を惨殺。
 擦れ違い様、放った手刀に足元をふらつかせた所を暴走トラックに跳ね飛ば
されて、通りすがりの車に滅茶苦茶に潰され、死体に慣れた警察官でも吐き
気を覚えるだろう死体にした。
 暴走トラックの運転手も、粛清対象の強姦魔だったので一石二鳥。

 玄関のドアを開けた途端。
 ここの所ずっと、僕の家に入り浸る緋勇に抱きすくめられる。
 血の匂いを放つ服ぐらい脱ぎたいと、言っても。
 『それがいい』と言い放たれる。
 
 僕も、随分壊れているが。
 緋勇も、かなりいかれている。

 とりあえず玄関先でのSEXは隣近所に声が届きそうなので、やめて欲しい。





 12月15日

 如月骨董屋で麻雀をした。
 酒と煙草の匂いが酷くて、目がしぱしぱしたが。
 雰囲気自体は悪くない。
 メンツは、如月骨董屋の店主で忍者でもあるという、翡翠さん。
 僕を下の名前で呼びたいというから、代わりに僕も彼を下の名で呼ぶことに
する。
 『普段は名前にこだわりなんかないのに!』と龍麻が暴れていたので、翡翠
さんがそんな風に言って寄越すのは珍しいようだ。
 宝石の名前は、彼にとてもよく似合っていて音もいいので呼ぶのは楽しいか
もしれない。
 女の子っぽくてあまり好きではなかった名前も、翡翠さんが呼ぶと気になら
ないから不思議だ。
 きっとどちらも女名なので、心の片隅に親近感があるのだろう。
 
 そして、もう一人のメンツが村雨さん。
 翡翠さんと村雨さんにどんな関わりがあるのかと思ったら、村雨さんが如月骨
董店に飾られている、生け花を全て生けていると聞いてぶっ飛んだ。
 あの性格で、図体で!(お花を生けるのには関係ないことだとも思うが)
 信じられなかったが、花を生けている村雨さんを見る機会があって拝見したの
で、嘘ではない。
 どちらかといえば無骨に見える指先が、繊細で典雅な世界を生み出すのには、
奇跡に似たものすら感じた。
 ……本人にはそんなこと、言いやしないけど。

 三人目は、雨紋君。
 ぶっちゃけ、ライブなんかをやって人気を集めてしまう人種とは縁が遠いと思
っていたが、彼に会って認識を改めた。
 相手を選ぶが、口調の悪さも気にかからないほど礼儀正しく、気が利いてい
る。
 拳武館の後輩にも見習って欲しいところだ。
 また、彼が作る歌は、耳に優しい。
 昨今『癒し』という言葉がもてはやされているが、彼の唄を(もっとも歌詞がな
く音律だけのものが多いが)聞くと、気分が落ち着く……という話をしたら、次
の日に発売したCDの全てをプレゼントしてくれて『もし、良かったら』の断り付
きで、今度やるライブのチケットを全て手配しますと申し出てきた。
 「『あの、壬生さんが誉めてくれるなんて!』と手をつけられないくらい大喜び
だったんだよ?」
 と、後日翡翠さんが耳打ちをしてくれた。

 


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