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 止めを刺されてしまうなどという思考に至るまでもなく、絶命してしまうというのに。
 「凄いね。カークランド」
 血飛沫を畳みに散らしながら、倒れる途中ですら。
 カークランドは、きちんとフェリシアーノの額に照準を合わせて撃ってきたのだ。
 無論。
 一弾すら、中てやさせなかったけれど。
 「どうしました?」「だいじょうぶかい!」
 銃弾が響いたのだろう。
 菊は全裸で、ジョーンズはズボンの前を肌蹴てアレを剥き出しにさせた状態で、部屋に飛び
込んできた。
 「あーちゃっつ」
 人間なら既に意識を失っている重症にも、カークランドはゆっくりとだが瞬きを繰り返している。
 血塗れになる事を厭わずに、カークランドの身体を抱き抱えて、懸命に止血をしようとする
辺り。
 ジョーンズは、カークランドが大切なのだろう。
 何かに憑かれたように、微笑を浮かべたまま惨状を見詰める菊よりは余程。
 「ねぇ、ジョーンズ君?」
 フェリシアーノは、カークランドの上着を借りて、無造作に血脂を丁寧に拭うとそのナイフで
邪魔な首輪を切り、ジョーンズの頚動脈に刃を押し当てた。
 「菊は、俺のモノだから。この邪魔な男を連れて帰ってくれる?」
 「ヴぁる、がす。き、み……?」
 「この状態ならさ。大好きなお兄ちゃんを洗脳し直す事もできるよ? 好きなんでしょ、これが」
 「なっつ!」
 「だから、君みたいな奴が無茶を聞くんじゃないの。もしかして、わかってなかった?」
 「そんな! えええっつ? だって、俺は。菊が可哀相だから。菊の、ヒーローだから。少し
  でも……菊をっつ! 菊っつ!」
 己の本当の気持に気付かなかったとは、言わせない。
 まぁ、こんな状況でいきなり隠しておきたかった感情と向き合わされても、パニックに陥るだけ
だろうけれど。
 「何です? アル」
 「僕の、ヒロインは君だよねっつ。あーちゃーじゃ、ないよねっつ?」
 自らを僕と称する程に、追い詰められて。
 あーちゃー、と。
 幼い頃呼んでいたように無意識に縋っているのは、全て。
 図星を刺されているから。
 ジョーンズが自分ではなく、真実縋っているのは、カークランドだと解らない筈もない菊は、
蜂蜜が滴り落ちるような甘い微笑を浮かべた。
 「貴方のヒロインは、お兄さんである、アーサーさんですよ? 私を通して、何時だって
  あの人を抱いていましたよね」
 「そんなっつ! 菊までっつ!」
 「せっかくの機会です。フェリシアの言うとおり。己の欲望通りにアーサーさんを作り変えて、
  永遠に。側に置けば良いでしょう」
 そこで、菊はフェリシアーノを振り返った。
 笑みが、今度は艶を帯びた。
 男を誘う女にしか纏えない媚びに、近いのかもしれない。
 「私は。私が盲愛している恋人を排除してまでも、私を愛そうとしてくれる、フェリシアーノ・
  ヴァルガスのモノになりますから」
 そのまま、両腕を広げて近寄って来るので、フェリシアーノは菊の身体を抱き締めた。
 まだ、欲情の熱が去っていない、熱い身体だった。
 菊は、真っ直ぐにフェリシアーノの目を見詰めたままで、ジョーンズに言葉を贈る。
 内容とは裏腹の、慈愛に満ちた口調だった。
 「貴方は、アーサーさんと一緒にどこへなりとも消えて下さい」
 「きくっつ!」
 カークランドは勿論のこと、菊も愛しているジョーンズの声は泣きが入っていた、けれど。
 喜びに溢れた菊の表情は、蕩け崩れたままだ。
 「大丈夫ですよ? 心配しないで。アルもアーサーさんもこれまで通り、大切にします。けれど、
  私の一番はこの人ですから。今日この瞬間から、フェリシアだけですから」
 我慢し切れぬと言った風に、キスをしてくる菊に、フェリシアーノの高ぶっていた神経は簡単に
ぶち切れた。
 やっぱり、自分が想像した通り。
 菊は、自分を一番に愛してくれる相手なら、執着がわかりやすく強いほど、こうして呆気なく
受け入れてくれるのだ。
 恋人本人を死に近い場所まで追いやり、その弟に新しい恋人になれば良いと唆すのを、
簡単だと言うのは弊害があるかもしれないが。
 そんな事はもぉ、どうでも良い。
 そのまま熱くて甘い身体を、横抱きにして寝室へと連れ去る背中に。
 ジョーンズの泣きじゃくる声が、追い駆けるようについてきた。

 「ん。ふんっつ。こら。もぉ、おしまいです。ご飯冷めちゃいますよ」
 笑ってファリシアーノの手を引く菊に従えば、テーブルの上には、何時見ても立派な夕食の
膳が整えられていた。
 今日のメインは、珍しく肉らしい。
 それも、牛肉。
 ステーキが夕食になるなんて、初めてかもしれない。
 菊は淡白なで、手の込んだ物を好みフェリシアーノにも食べさせたがるのだ。
 「奮発しちゃいました」
 「美味しそう」
 「フェリシアとお付き合いしだして、一ヶ月ですからね」
 「あ! そうだよね。ヴェ! ヴェ! 俺としたことが、ごめんね? 花も用意していなよ!」
 言われて驚く。
 恋人の記念日など、忘れた事がないのに。
 ましてや、彼は。
 奪ってまでも手に入れた愛しい存在だというのに。
 「いいですよ。貴方が私の側に居てくれる、その現実が一番のプレゼントですから」
 無邪気に笑われて、胸の奥がきゅうと軋む。
 今はこうして、フェリシアーノに向けられている屈託のない微笑は、つい一ヶ月前まで、カー
クランドに向けられていたのだ。
 「さぁ、座って座って」
 「うん」
 「乾杯は、これですよ」
 「ヴェ! うちんとこのワイン」 
 バローロ・リゼルヴァ 1999
 当たり年だったので、たくさん買って置いた内、1ダースを菊の家に進呈した。
 以前は、勿体無いです! と言ってなかなか開けようとしなかった菊だったが、ボヌフォワや
フェリシアーノに散々諭されて、記念日などには楽しげに開けるようにもなった。
 ガーネット色に輝く赤ワイン。
 かすかな甘さに、程よいタンニン。
 抜群のバランス感覚を誇るこのワインは、勿論。
 今日の肉料理にはぴったりだ。
 



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