『……ごめんな。アル』
額に一つだけ、キスが返されて、寂しそうに微笑まれた。
完全な拒絶だった。
『っつ! わかったっつ。もぉいいよっつ!』
自分の思う通りにならないカークランドに、瞬間頭が沸騰してその場を逃げ出したのだが。
呪術関係では、ジョーンズの知る限り万能を誇るカークランドが、どうしてそこまで、頑なに
拒否するのか不思議で、そのままブラギンスキを訪ねた。
『君の頭には、人の都合ってモノがないんだね!』
こるこるこるこると、吹雪が踊る外よりも尚冷ややかな殺気を迸らせながら、しかしブラギン
スキは、イチゴジャムのたっぷり入ったロシアンティーを出してくれた。
『うわー……甘そうなんだぞ!』
更には、見るから甘ったるそうなロシアンティーを口にするジョーンズの様子を黙って見詰
めている。
『……なんだい?』
『身体は温まった?』
『ん? ああ。そういえばお陰様で』
甘さ炸裂のロシアンティーは、しかし美味で。
腹の底から温もりを作り出してくれた。
勿論、がんがんに焚かれている暖炉の火もそれを手伝っているんだろうけれど。
『じゃあ、話をしようか』
家の中でもマフラーを外さないらしいブラギンスキは、落ちてくるマフラーを巻き直しながら
ジョーンズの対面に座る。
『カークランド君からのお手紙を読んだよ』
『それで?』
『君の無神経は想像を絶していたんだなぁ、と思ったね』
『なんだい、それは! 喧嘩を売っているんなら、買うよ!』
もともと菊を挟んで仲は良くなかったし、奴も歯に衣着せないタイプだ。
口喧嘩すら、止める者がいなければ泥沼化してしまう。
『……僕は暇じゃないから。好きな相手以外には喧嘩なんて売らないよ』
しかし、今日のブラギンスキは内容的にはどうかとしても、ジョーンズの攻撃に乗っては
来なかった。
とても、珍しい事だ。
『結果から先に言おうね。僕は君の悪夢から解放させる術を持っているけれど、敢えて
しない』
『どうして!』
『そうすることによって、僕の一番大切な存在に壊滅的なダメージを与えてしまうから』
『……それって?』
『君の悪夢に関与している者は、僕の愛しい子だって事だね』
『……誰、なんだい?』
『ふふふふ。そんなの君。聞かなくてもわかっているんじゃないのかい? 僕が、大好き!
って広言している相手は一人だけだからね』
そう、だ。
ブラギンスキは、誰をも等しく慈しみ憎める男だが、一人だけ。
例外がいる。
好き、と表現する相手は星の数いても、大好き、と表現する相手はただ一人。
そして、ジョーンズは。
それが、誰であるか良く知っている。
ジョーンズに取っても、彼は。
唯一の存在だからだ。
『……何で?』
あんなに、愛しているのに。
大事に、しているのに。
自分の持つ、ありったけの想いで慈しんでいると言うのに。
『さぁ? 彼は僕よりもずうっと長生きさんだからねぇ。 お爺ちゃんの思考は読めないよ』
『そんな事は、ないだろう?』
他の誰がわからぬとも、彼より長く生きる王と、このブラギンスキにはわかる気がしたのだ。
ブラギンスキは、彼に。
良く似た部分があるから。
そう、彼が言っていたんだ。
結局、同族嫌悪なんですよ。
ブラギンスさんは、私に近い思考回路を持っていますからね。
と。
『わからないよ? 僕は彼じゃないから。想像はつくけどね』
『聞いても良いかい?』
『あくまでも、推測だから。怒られても困るからね』
『ん』
『……彼は君をそれなりに好きなんだと思うよ。孫に対する愛情みたいな感じで』
そんな事はない。
菊はジョーンズの恋人だ。
SEXもしている、相愛の。
『だけど。それと同じ……否……それ以上に。君が憎いんだと思う』
『っんなこと! ある訳ないんだぞ!』
『本当に、そう。思うの? 君。彼に何をしたか、忘れちゃったの? 彼の綺麗なバター色の
肌に、幾つ。永遠に癒えない傷をつけた?』
『そんなの君だって、同じだろう!』
仲間が次々と降服していっても彼はただ一人。
膝を屈しなかった。
原子爆弾を二つ投下しても、彼自身は陥落しなかっただろう。
彼は、彼の上司の言葉に従っただけで。
けれど、戦争が終焉を迎えて後。
意識を取り戻し、静かに目を開いた時の。
彼の瞳に宿っていた絶望は深かった。
ジョーンズは未だに、その瞳が忘れられない。
この先もきっと、忘れられないだろう。
だからこそ!
他の誰の手にも触れさせずに、助けてきたのだ。
一番近い場所で。
『同じではないよ。少なくとも僕は彼の傷を抉るような真似はしていない』
『嘘を吐け!』
『本当だってば。ただまぁ。菊君がどう捕えたかわからないけど。僕は彼が大好きだから。
彼の誇りを挫くような真似だけはしなかったよ……』
ブラギンスキが、あんまりにも穏やかに微笑むものだから。
菊への情愛が本気だとわかって、きつい。
『カークランド君は君も、菊君も大事だから言えなかったんだろうね。僕も彼も術的対策を
施せない以上。君が悪夢を見ない方法はタダ一つ』
精神科医に言われた言葉が、不意に頭を過ぎった。