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こつんと、額をあてられて。
 どこまでもを見通す真っ黒い綺麗な瞳で、己の瞳を覗き込まれた。
 時間に、して一分弱。
 菊が予見(よみ)と、呼ぶ、その行為では呪術系の絡みはないとの判断だったのだが。
 「正式な手順を踏んでいませんからねぇ。ここまで長引くとなると原因を探るだけでも、一ヶ月
  くらい精進潔斎しないと」
 「ええ! 精進潔斎って、SEX駄目ってことでしょ!」
 「勿論。キスもハグも駄目です。一人篭って三欲断ちをすれば、恐らく明瞭な答えを出せます
  よ?」
 三欲断ちとは、人間の三大欲望の事を差す。
 食欲、睡眠欲、性欲だ。
 元々が淡白な性質だし、己を自戒する事にかけては、ツヴィンクリに勝るとも劣らぬといわれ
ている菊の事。
 容易くやってのけるのだろうが。 
 菊と抱き合えないのは、絶対に嫌だ。
 更には美味しい物を食べるのが大好きな菊から、その楽しみを奪いたくないし、ワーカー
ホリックと言われる彼から睡眠を取り上げるなんて、冗談でもゴメンなのだ。
 「そんなの、駄目に決まってるんだぞ!」
 「……そう言うと思ったから、今まで懸案しなかったんですよ……思い切って、アーサーさん
  やブラギンスキさんにご相談を……」
 「した」
 「おやまぁ」
 腕の中、くるんと向きを変えて、まじまじとジョーンズの顔を覗き込んでくる。
 意外だったらしい。
 「……でも、どっちからも、はっきりした言葉が聞けなかったんだよ」
 ジョーンズは、その時の状況を思い出して、ふぅと大きな溜息をついた。

 精神科医の言葉を聞いたその足で、カークランド低に向かった。
 ジョーンズの事情を黙って聞いていたカークランドは、机の中からいそいそと、水晶玉を取
り出した。
 机の中からそんな物出すなよ! と思わず突っ込みを入れなかった自分を褒めてやりたい
くらいだった。
 古臭い、しかし綺麗で典雅なクイーンズイングリッシュで、全く聞いた事ないフレーズを紡ぎ
ながら水晶を覗き込んでいたカークランドの顔が、段々険しくなってゆく。
 『何かわかったのかい?』
 彼の後ろに回って、同じように水晶を覗いたけれど、ジョーンズの目には、水晶に映った
カークランドとジョーンズのだけだった。
 『……わかった。これは、とある人物の無意識下にある悪意が具現化したものだ』
 『どゆこと?』
 『……そうだな。俺のお前に対する不満が爆発して、強烈な思念がお前の夢を悪夢に捻じ
  曲げているとでも言えばわかるか?』
 『ええ! じゃあ、この夢って君のせいなのかい?』
 『例え話だ! 馬鹿っつ!』
 だよねー。
 カークランドは、ジョーンズに甘い。
 どんな我が儘でも最終的には、仕方ないかで許してくれる。
 菊と、一緒だ。
 『えーと? それが誰かわかったのかい』
 『ああ』
 『教えてよ。殺しに行くから』
 ジョーンズは、何の躊躇いもなく懐の銃を取り出して、弾丸数を確かめた。
 『……教えられない』
 『何で!』
 『言ったろ? 無意識の悪意の具現化だと。そんな目に見えない、本人にも自覚のないモノを、
  どうやって証明するんだ? お前。俺が同じ事をしようとしたら、鼻で笑うだろう。お前が、
  そいつを殺したとしても。訴えられて負けるがオチだ』
 説明されれば、確かにそうだ。
 カークランドが言ったからといって、そのある種荒唐無稽な理由で殺す相手やそれ以外の
存在を説得できる自信はない。
 負けると解っている戦に挑むほどジョーンズは無謀ではなかった。
 『そんなぁ……』
 しかし、ショックが倍増なのは間違いもなく。
 がっくりと肩を落とすジョーンズに、今だ難しい顔をしたままのカークランドは、目線を水晶
から動かさずに言葉を紡ぐ。
 『俺達が言う呪い返し。今回の場合、無意識の悪意をそのまま弾き返す手法もあるには
  あるんだが……』
 『なんだい! じゃあ、問題ないね』
 途端、浮上する。
 どんな方法でもとにかく。
 夢をみなくなるようになれば、それでいいのだから。
 『……話を最後まで聞け。相手も術者だ。そうじゃなきゃ、無意識とはいえ、そこまで強い念を
  飛ばせないからな』
 『術者、ねぇ……』
 ジョーンズの知る術者は、実はそう多くもない。
 カークランドと、菊以外ならば、すぐ思い浮かぶのはブラギンスキと王ぐらいなものだ。
 新参のジョーンズには、あまり縁のない世界なのだが、歴史が古い国ほど、呪術には精通
している。
 親しくはないし、よく知りもしないがグプタやアドナン、カルプシ辺りも詳しいと聞き及んで
いた。
 カークランドと菊以外の誰からも、呪術に寄る攻撃を受けてもおかしくない立ち位置に居る
自分だ。
 霊的な物が関わっていると、カークランドに判断された以上。
 何らかの対策を取った方がいいのかもしれない。
 『で。打開策は他にあるのかい?』
 『ないじゃないが。俺は今回の件には携われない』
 『はぁ?』
 『ブラギンスキの奴に紹介状を書いてやる……奴ならあるいは……いやどろうだろう?』
 『ちょ! 待ってよ。アーサー。何でブラギンスキなんだよ! 君がしてくれればいいだけ
  じゃないか!』
 机の上、水晶玉が踊るほどの勢いで手を叩き付けて身体を乗り出したのだけれど。
 『……俺は、今回の件に、携われない!!』
 カークランドは、水晶玉を押さえつつ、真っ直ぐにジョーンズを見て言い切った。
 長い付き合いでも、ここまで拒絶は珍しい。
 『何で?』
 『それも、言えない。言ったらその時点で呪いが発動しちまうから』
 『いいじゃん。発動させてよ……ねぇ。あーちゃー』
 嫌がる頬を抱き寄せてキス。
 顔中、キスの雨を降らす。
 昔、彼がそうしてくれたように。
 ジョーンズ取って置きのオネダリの仕方だったのだが。




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