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 *一部にグロ描写有。苦手な方はご注意を。


  血染めの夢(Bloody Dream)



 夢を見る。
 悪夢だ。
 しかも、毎晩と来た。
 もう、三ヶ月も続いている。
 さすがの、ジョーンズもグロッキー気味だ。

 「ねぇ、菊」
 「何です」
 「このまま、ぎゅって、して。眠ってくれよ」
 「何です。子供みたいに」
 「いいじゃんか。君から見れば、俺は孫みたいものだろ?」
 「……都合が良い時ばかり、孫になるんですから。全く。孫はお爺ちゃんに欲情したりしない
  ものですよ」
 溜息をつきながらも菊は、ジョーンズの願いを叶える為に、身じろぎをして、自分より随分と
大きな身体を抱えると、ぎゅうと強く抱き締めてくれた。

 菊はジョーンズのかけがえのない恋人だ。
 出会った時からずっと好きで、それはもぅ、色々な遠回りをしてやっと手に入れた最高のヒロ
イン。
 カークランドの手料理とファーストフードで爛れた味覚を矯正してくれる、美味しい食事。
 勿論、ちょっとメタボ気味なジョーンズの身体を考えて、何時だってそのバランスは絶妙だ。
 菊の薄い身体を抱えながら、湯船に肩まで浸かって疲れを癒すのも、ホラーゲームをし
て凝りもせず絶叫を上げるのも。
 相手が菊だから覚えられたコト。
 丁寧に洗濯物を畳んでいる姿や、のんびりと縁側でお茶を啜っている姿を見て和める日が
来るなんて、ジョーンズ自身思ってもみなかった。
 そして、忘れちゃいけない、床上手。
 初めてに拘るつもりも更々ないジョーンズに取って、尽くし上手な菊の練れた手管は堪ら
なかった。
 これで、後少し耐久力があれば、完璧なのだが。
 お爺ちゃんだから、仕方ない。

 「夢、まだ。見るんですか」
 その出来た恋人の、宥めるような声に。
 「……うん」
 ジョーンズは、深い溜息をついた。
 その、既に数えるのも億劫なくらいに見続ける様々な悪夢は。
 全てジョーンズが菊に殺される夢なのだ。

 一番多いのは、日本刀を使って殺されるパターン。
 首を切られる、四肢を切断される、鼻を削がれる、耳を落とされる、目玉を抉り取られる。
 特に、眼球につぷりと研ぎ澄まされた日本刀の切っ先が沈んだ感触は、実にリアルで。
 飛び起きて、最初にしたのは、鏡で己の目玉がきちんと納まっているかどうか確認する事
だった。
 後は、銃も多い。
 菊に何故か愛用の銃が存在したり、ジョーンズの銃が菊の懐に収まっていたり。
 ああ、銃機関銃で滅多打ちなんてのも、あった。
 手榴弾で吹き飛ばされ、何やら形状のわからぬ鈍器で撲殺され、車で轢き殺され、コーヒー
に毒を盛られ、あの繊細な指先で縊り殺された。
 フィギュアで殴り殺された時は、本当に情けなかったものだ。
 何よりその時の菊は、ジョーンズを殺した事よりも、フィギュアが壊れた事を悲しんでいたの
だから。

 殺され方は、千差万別。
 苦しむ時間も、長かったり呆気なかったりとまちまち。
 ただ、最終的に夢の中で、ジョーンズが死に至るのだけは決まっていた。
 そして、死の瞬間は何時も菊が笑っているのだ。
 至るまでは、泣いたり怒ったり、狂気の色を見せたり、と色々な感情を見せてくれるのだけ
れど。
 ジョーンズが意識を失う寸前、それはもう蜜が滴り落ちるみたいに。
 甘く、蕩けそうに。
 心の底から、嬉しげに微笑むのだ。
 それはだけは、必ず。
 判子を押したように同じだった。

 「困ったものですねぇ」
 「まあね。しかも、全部が全部君に殺される夢だよ。毎回毎回、これでもかっていうくらいパ
  ターン違うんだぞ!」
 「お医者さんには、かかったのでしょう?」
 「……うん」
 基本的構造は人間と似ている。
 簡単には死ね無いだけで。
 ストレスも溜まれば、鬱にもなるのだ。
 そして、それは。
 民意によって派生もするが、直接関係ない事も多い。
 恐らくこの悪夢は、個としてのジョーンズの深層意識が見せるモノなのだろうと判断して。
 医者に掛かったのだ。
 人間を治す事にかけては、世界でも随一とされる自国の精神科医は言った。

 夢をみなくするには、貴方を殺し続ける相手と、完全に決別する事が良いでしょう。

 と。

 何となく、そんな気がしていたけれど。
 それだけは、できない。
 国として、日本はまだまだ必要であるし。
 それ以上に、ジョーンズは菊に依存していた。
 兄であるカークランドが、心配し幾度も苦言を寄越すくらいに。
 「でもさ。絶対に出来ない治療法を示すからさぁ。無理! って言ったんだよなぁ」
 「おやおや。ハンバーガーを食べるなとでも、言われましたか」
 「菊っつ!」
 くすくすと笑う菊に、無性に腹が立ってきつく抱き締める。
 小さく震えて甘い匂いを散らす華奢な身体は。
 抱き締めれば、抱き締めるほど、ジョーンズに安堵を与え、その飢えを呼び覚ました。
 「正攻法で、駄目なら。外道では?」
 「って、言うと」
 「私の所の陰陽道、アーサーさんや、ブラギンスキさんの呪術系から、原因を探り、その原因
  を取り除く手法を取る……というものです」
 「でも、君は。そっち系じゃないって、教えてくれたじゃない」




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