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 「嘘吐け!」
 「貴方を含め。皆さん過大評価して下さいますけど。実際の私なんてカリエドさんの扱い程度
  のモノなんですよ」
 達観しきった、酷く凪いだ声。
 他国の化身がどれほど本田に焦がれているのか、本田は微塵もわかってはいない。
 それだけ、カリエドの肺腑を抉る罵倒と暴力が身に、心に染みているのだろう。
 ロヴィーノは、綺麗なモノは愛されてしかるべきだと思っている。
 本田のように、綺麗な存在はもっともっと慈しまれるべきものなのだ。
 「……ちっつ! しゃーねぇな。あいつを頼るのは嫌なんだけど、菊のためなら……やるしか
  ねぇか」
 「ロヴィ君? 何を考えていらっしゃるのかはわかりませんけれど、私はこのままでいいん
  です」
 「幸せかよ。今」
 「いいえ。幸せとは言えないでしょう。でも! 私はこれでいいんです」
 どこまでも儚い微笑にどうしようもなく庇護欲がそそられる。
 カリエドに溺愛されているロヴィーノだったが、根本は兄気質。
 か弱い者に弱い。
 遥かに年上の本田だが、ロヴィーノの中では現在。
 本田は最優先で保護しなければならない存在だった。
 「ふん。俺はお前が好きだからな。幸せじゃないお前は許せねーんだよ。このやろー。
  今に、私本当に幸せです! って満面の笑み浮かべて言わせてやるからな。ちくしょー」
 「はい。わかりました。のんびり待ってますね?」
 それが、正しい答えですよね?
 と、何処か遠い目で口の端を上げた本田の口元に。
 「おうよ!」
 と、大きく頷いてティラミスを、あーんしてやった。

 「もっと美味いカフェラテはねぇのかよ、ちくしょー!」
 「……ロヴィーノ。それがこんな夜中にアポなしで訪れた奴が言うセリフか?」
 「うるせぇ! じゃがいも!」
 「だから!」
 「あーヴィッヒ。お前はもう寝ろ。ロヴィーは俺に用があんだから」
 ロヴィーノのカフェラテに、ティースプーン一杯の砂糖を継ぎ足しながらバイルシュミットが、
ソファにどっかと座る。
 しっつしっつ! と掌でルートヴィッヒを追い払う様子は、しかし慈愛に満ちていた。
 「なんか問題あったら、ちゃんと起こすし。必要であれば明日の朝話もする。だから、今は
  二人にさせてくれ」
 す、と一瞬だけ真剣な眼差しをすると、深紅の瞳が綺麗に瞬いた。
 本田が大好きだと公言する瞳は、確かに高価な宝石のような独特の輝きを見せる。
 「! わかった。おやすみ、兄さん。ほどほどに、な」
 「わあってるって! お兄様を信用しろ。おやすみ、ヴェスト」
 本当に仲の良い兄弟だ。
 自分の所も最近は随分仲が良くなってきているが、こうはいかない。
 感心して凝視していればバイルシュミットはルートヴィッヒを見送ってから、くるりとこちらを
向いた。
 「で、話ってーのは?」
 「わかってんだろ、ちくしょー」
 「菊のこと、か」
 「それ以外あってたまるもんか!」
 「そろそろ来っ頃かなーとは思ってた。お前、最近めっきり菊に入れ込んでるもんな」
 睥睨され、ロヴィーノは真紅の魔力に囚われぬ強さでカフェオレの入ったカップをソーサー
に勢いよく置いた。
 ちなみに、先程入れて寄越したバイルシュミットの砂糖のお陰でかなり好みのカフェラテに
仕上がっている。
 絶妙の心遣いだ。
 多くの化身から不憫扱いされて、敬遠されるバイルシュミットの本質を知る化身は少ない。
 ロヴィーノ自身もそれほど近くに居た訳ではないし、バイルシュミットを百%理解している
はずもないが、彼が噂通りの化身でないのは知っている。
 フェリシアーノからも、カリエドからも聞かされたバイルシュミット像は、少なくとも本田の事
を相談するのに値する相手だ。
 「……同情じゃねぇぞ!」

 「庇護欲だろ? 似たようなもんだ」
 「お前なぁ!」
 「怒るなって。俺も似たようなもんを菊に対して抱いてっから、明確に理解してる」
 バイルシュミットは本田を愛弟子と呼んで猫可愛がりをし、本田もまたバイルシュミットを師匠
と呼んで敬愛している。
 その気の置けなさ加減は、自他共に認める親友であるはずのルートヴィッヒが妬くほどだ。
 カリエドもよく『菊はギルに懐きすぎや!』と言っている。
 バイルシュミットが本田とSEXに至る関係にならないと疑ったこともないが、単純に。
 本田が自分以外の化身に甘やかされるのが嫌なのだ。
 カリエドの中で、本田を甚振っていいのも甘やかしていいのも自分だけなのだから。
 「でも俺と違ってお前の場合は、恋情に持ち込んだ方が楽だろう。できねぇ訳じゃねぇんだろ?」
 「……それをやっちまったら、トーニョと全面対決しなきゃなんねぇからな……迷ってる」
 「迷ってるくらいなら止めとけ。中途半端にちょっかい出して傷付くのは菊だ」
 ロヴィーノだ、と言わない辺りバイルシュミットも冷静だ。
 中途半端に手を出しても、カリエドと本田の間に抜けぬ楔を打ち込む事は可能だが、その
結果。
 カリエドがますます本田に対して歪んだ執着を見せる深みに嵌るだけだ。
 「だけどよ!」
 「菊の相手はトーニョだぞ? 本気の本腰で挑まなきゃ勝ち目はねぇって、誰よりトーニョ
  の近くに居たお前がわかってるだろうが」
 「わかってる! だから……お前の所に来たんだ」
 バイルシュミットならば、カリエドと最悪の状態にならずとも切り抜ける方策を見出せるので
はないかと。
 現役時代は右に出る者なしと言われた謀略を完遂させてきた化身だけに。
 「期待して貰って嬉しいが、俺でも無理だ。フランと組んでも駄目だろう。俺もフランもあそこ
  まで女にのめり込むトーニョを見るのは初めてだ」
 「俺もだ。見たことない。男でも女でも。昔からどっちでもいけて。どっちかってーと女の方
  が好きな印象があったから、余計驚いてる」
 「だろ? だからトーニョを攻めるのは無駄なんだよ。攻略するなら、菊の方からなんだぜ」
 「……あの無駄な劣等感と献身的な態度。俺には崩せねーんだよ」
 「俺は劣等感なら崩してやれる。だが献身的な態度は俺じゃ無理」
 長く見てきた。
 本田がカリエドに身を削るようにして尽くす様を。
 そこまでしなくとも良いのにと思いながら、もしそれが自分に向けられたのならば、同じ風に
尽くして存分に甘やかしてやるのにと妄想を抱いたりもしたくらいに。
 羨ましい、と思う。
 「だから、そっちはお前が引き受けろ」
 「あ?」
 「ラテン男の意地を見せてみろよ? 菊は尽くされるのに慣れてねーが、尽くされればされる
  だけ同じモノを返そうとする性分だ。そこを突け。トーニョに構ってる間なんてねーくらい、
  尽くせよ。フェリちゃんと一緒でもいいし。俺もやる。ヴェストもフランにも話をするし。何
  だったら、イヴァンとアーサーも突付いてやるぜ」
 「マジかよ……」
 本田に尽くすのは何の問題もない。
 むしろ、してやりたいと思う。
 フェリシアーノもカリエドの態度には、いい加減腹に据えかねているようだ。




                             またしても日溺愛フラグが立ちました。
                       アーサーとイヴァンを動かすかどうか悩みます。





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