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 本田が好きだと自覚した時には既に。
 彼は、カリエドのモノだった。
 者、ではなく、モノがまさしく正しい表現としか言い様がないほどに、カリエドの本田に対する
扱いは酷い。
 何せ二人の付き合いはロヴィーノが生まれる前からだ。
 離れた期間が長かったせいもあるのだろうが、それでもお互い好き合っていたのは実際、
驚くべきことだろうとも思う。
 その愛は揺るがないと、信じるのも無理はないかもしれない。
 それ程に、国の化身は日々。
 壮絶な時を送る。
 歪みが出るのは仕方ない話なのだ。

 けれど。

 本田に何をしても許されると思っている傲慢なカリエドの姿を見るのは、自分がべたべたに
甘やかされている分疎ましく。
 また、愛しい存在が何もかも諦めた風に大きな溜息をつき、寂しそうに微笑む姿には心臓が
抉られるように痛んだ。

 「……なぁ、菊。いい加減にアレと別れろよ」
 「まぁまぁ。お兄さんをアレ呼ばわりはいけませんよ、ロヴィーノ君」
 「兄貴じゃねぇって」
 「じゃあ、お父さん?」
 「もっとねぇよ。このやろー」
 ちぎーと暴れるロヴィーノの前に置かれるのは、ティラミス。
 本場の味に慣れたロヴィーノだったが、本田の手作りティラミスは別格だ。
 単純に味も良いのだが、彼が作る菓子や料理は何処か、懐かしさを感じさせる。
 自分が失ったものや、昔から大切にしているものを思い出させてくれると言い換えればわかり
やすいだろうか。
 今もまた。
 ロヴィーノは目の前に置かれたティラミスを見て、カリエドが自分の為に初めて作ってくれた
ティラミスを思い出している。
 本田と離れていた頃、奴は。
 もっともっと優しい男だった。
 や。
 ロヴィーノには今だ優しいのだ。
 本田に酷く当り散らした後。
 ロヴィー! 俺を癒したってやー。
 と寄って来る。
 奴にとってロヴィーノは、腹立たしい事に癒しの象徴らしい。
 ぐりぐりと背中に懐いてくる頭を、頭突きで返してもへらへらと笑っているだけで、怒りも
しなかった。
 「コーヒーにお砂糖は入れますか」
 「自分でやるから、お前も座れよ」
 「一緒に食べても良いんですか?」
 「……当たり前だろう。あ! お前のコーヒーは俺が淹れてやる。ミルクたっぷりのカフェオレ
  でいいな」
 「っつ!」
 割烹着を着て、お盆を胸に抱え込んだ本田が硬直する。
 恋人に虐げられている本田は、他人の好意に怯えるのだ。
 その好意がまた。
 恋人の怒りを買うのだと、骨の髄まで叩き込まれているから。
 「砂糖は小匙で一杯って気分なんだろうが、二杯にしとけ」
 「あ、りがとうござます」
 「おう」
 言葉を詰まらせながらも、何とかロヴィーノの対面に腰を下ろした本田はサイフォンから
コーヒーをカップに淹れている。
 ロヴィーノは、そのまま受け取って本田の分を淹れてやった。
 「大人しく座っとけよ?」
 びしっと本田を指差したロヴィーノは、コーヒーの入ったマグを持ってキッチンへ向かう。
 慣れた仕草で冷蔵庫を開けて、ミルクを取り出した。
 半分ほどのコーヒーで満たされたマグに、なみなみとミルクを注いでレンジの中に入れる。
 タイマーをセットして腕を組んで待つこと一分。
 小気味の良い音に反応して、マグを取り出した所で。
 背後に本田の気配。
 「……お前。大人しく待っとけって言ったろ?」
 「いえ。わざわざ牛乳は温めなくて大丈夫ですよ、と言いに来たのですが」
 「おせーよ。もぉあっためちまった。それに、お前。ミルクまんま入れて温いコーヒー飲むの
  好きじゃねぇだろーが」
 「そうですが……」
 「あっちあちのが好きなんだろ。大した手間じゃねーんだから。気にするなよ、ちくしょー」
 「……ロヴィーノ君は、本当に優しいですよね。良いお兄ちゃんです」
 「ふん。惚れ直したかよ?」
 お兄ちゃんは、余計だ! と胸の内で突っ込みを入れつつ様子を伺う。
 「はい。惚れ直しました」
 迷惑をかけて申し訳ない、という表情が、純粋な感謝と喜びを湛えたものに変わるのに、
満足げに頷いたロヴィーノが一歩を踏み出せば、本田も静かに居間へと戻ってゆく。
 「じゃあ、頂くぜ」
 「はい。どうぞ。お口に合うと宜しいのえすが……」
 「お前の手作り菓子が、俺の口に合わなかったことは一度としてねぇよ」
 「ふふふ。ありがとうございます。ロヴィーノ君はフェリシアと一緒で、食べ物に関しては
  世辞を言わないのが嬉しいです。ちょっと耳に大袈裟にに聞こえても素直に受け止め
  られます」
 「……俺もフェリも、基本世辞は使わねーぜ。それに大袈裟でもねーし……フェリは
  わからんけど」
 
 「フェリシアーノ君は、オーバーリアクションがデフォルトですものねぇ。さすがに私もだいぶ
  慣れてはきましたよ!」
 「でも、基本は不得手だろうが、こんちくしょー。フェリのオーバーリアクションも……トーニョが
  無駄に嫉妬深けぇのも」
 「……嫉妬とは、違いますよ。ロヴィ君」
 強引な話の振りにも気付かないのか。
 気付いていても乗ってくれたのか。
 どちらなのか、ロヴィーノに断言はしかねた。
 けれど。
 「あれはねぇ。自分の持ち物が他人に使われるのが嫌なだけです」
 「自分を持ち物とか言うんじゃねーよ! お前はそーだから、ツヴィンクリに、やいやい言われ
  んだ」
 本田が既に、カリエドに対して何の期待もしていないのだけは伝わってきた。
 「バッシュさんも優しい方ですから。私のような不甲斐ない存在にも慈しみを下さいますね」
 「だーかーら!」
 「……何時も、ありがとうございます。ロヴィ君。だけど、私。自分がどの程度のモノか知って
  いるんです」




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