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 「ほら大人しくしていなさい。私もみすみすやられはしない。焔の錬金術師の名前を、敵にと
  くと、知らしめてやろうじゃないか」
 勝算は低いが、中尉だけでも助かればいい。
 両腕をクロスさせて、集中する。
 ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
 立て続けに放った火花を調節して、近付くもの全てを焼殺させようとした、瞬間。
 「うわーい!遅れたからって焼かんでください!」
 立ち込める煙の中から現われたのは。
 「ハボック少尉!?」
 右手にコルトガバメント、左手にウィンチェスターM1892を軽々と持った長身の男。
 「や、ほんと。思ったより敵さん、凄くて。すんませんでした!遅くなって。わあ!中尉大丈夫
  ですか。俺斥候&特攻だったんで。活路開いてきましたから。もそっとでファルマン准尉が
  来ます。奴は簡単な治療が出来ますから、頑張ってくださいね」
 息つく間もなく、状況を報告して、ハンドガンを持った手で中尉の頭をそっと撫ぜている。
 暴発が怖いから、激鉄を起こした銃を持ったまま人に触れるな!と……定番のお小言よりも
先に口を付いて出たのは。
 「ハボック……少尉?どうして、ここへ」
 純粋な疑問。
 着任して日が浅い私達の元へ、しかも、こんな劣悪な状況下に来てくれるような。
 助けてくれるような部下はいないはず。
 だいたい私の階級一つ上にあたる上官に、増援はとめられているはずなのだ。
 「どうしてって、大佐。俺はあんたの部下でしょう?一緒に戦うために来たんですよ……頭沸
  いてるんすか?」
 「そんな、わけあるかっつ!」
 『あんたの、部下でしょう?』
 と、当たり前に囁かれた目はきょとんとしていた。
 自分が私の部下なのだと、欠片も疑っていない眼差しに、不覚にも涙が浮かびそうになって、
怒鳴った。
 「実力もない癖に、いつか中央に返り咲いてやろうとかね、思ってる馬鹿。多いんですよね。
  東方って」
 肩を竦めて見せながら、笑いかけてくる少尉のコルトガバメントが突然火を噴いた。
 狙いを定めずとも、足音を消して近付いていた敵の脳天をぶち抜いている。
 戦場に恐ろしく慣れた人間にしかできない技だ。
 一兵卒の頃から最前線で叩き上げられて、生き残ってきた人間にのみできる人間場慣れし
た反射。 
                                
  「だからね。東部の人間は基本的に上官を信用していない。一番天辺に居る人間は悪くな
  いんですが、俺らには遠すぎる」
 確か東方司令部の総司令官は、ホークアイ中尉の祖父だった。
 東方に異動になる時に、わざわざ私宛、個人的な書簡を届けてくださった、数少ない味方。
 「だから、俺は……正確には、俺ら、ですけど。あんたについて行くと決めたんです」
 「そんな簡単に決めていいのか?」
 恩に着せようという単純な邪さかもしれないし、それはさておき、今はありがたいのだけれど。
 今後の為には、最低限、聞いておかねばならない事がある。
 「……簡単でもないっすよ?全員一致でしたけど、皆初めてっすから。ついて行きたい、護っ
  て価値のある存在に会ったのって。こー見えてもそこいらは慎重にやってきたんす。これ
  逃したら一生、誰にも仕えられないだろうって、思ったんで。来ちまったんですわ」
 私が、護って価値のある存在?
 「光栄、だな?」
 「んや。俺らも、まー色々な意味で問題児なんで。せいぜい上手いトコ使ってやってください」
 「一体、私のナニをそこまで評価するのだ?」
 重機関銃の作動音に反射して、少尉が銃を向けるよりも早く火花を散らせば、単純に、驚き
と尊敬めいた色合いが浮かぶ。
 「他の奴等の理由は、まあ、それぞれ時間のある時に聞くといいです。俺の場合は、大佐が
  ホークアイ中尉を狙撃部から、自分の副官に引き抜いたトコ……あそこは、軍部内でも諜
  報部に匹敵するやっべー場所ですからね」
 死亡率が一番高く、精神異常者が一番多い部署が狙撃部。
 初めて見た時、彼女の一見落ち着いた風に見える、淡い金色の瞳のくすみが、どうにも気に
なって心の隅に引かかっていたのが、偶然の再会で思い起こされたのだ。
 私はその時、とても病んでいて。
 近くに、優しい存在を置きたかった。
 親友が一人いて、彼が近い場所にいてくれたのだが、結婚を決意したと明かされて諦めた。
 何より誰より大切だから、例え私の側でなくとも、幸せになって欲しかったから。
 その、代わりにというのも失礼だったが、どうしても欲しくて、必要だったのだ。
 私が正気を保っているために、安心して、背中を預けられる人間が。
 そんな時、彼女に会えたのは僥倖以外の何モノでもない。
 やっぱり今のように銃弾飛び交う最前線で、一生私の副官で有り続けると、誓ってくれた。
 以来彼女は、私の矛となり盾となり、全てにおいての支えとなり、側に居てくれる。
 輝く金色の瞳に、くすみの影も伺えなくなった。
 愛情に限りない感情を擁くイトオシイ女(ひと)だ。
 「後は、俺の言葉遣い、全然気にかけてなかったんで」
 「……口が悪いだけだろう?何か問題があるのか」
 私の返答に少尉は、破顔した。
 笑うと案外幼く見える、透き通って綺麗なスカイブルーの瞳。
 「ははははは。貴方以外の上官はね。全員言いましたよ?『上官に向かって、何だその口の
  利き方は!』って」
 「底が、浅いのだろう」
 初めての対面でさえ、言葉の端々にちゃんと敬意を乗せてきた。
 必要な事を抑えて尚、乱暴な口がきけるというのなら、それは頭の回転が早いということ。
 「ですね……と、まあ。俺はそんな理由っす。どんなもんでしょう?」
 「上等だ。中尉を……頼む」
 「命に代えましても」
 「命に代えはない。私の部下を自認するならば、どんな状況でも生き抜くことを考えろ」
 「アイ・サー!」
 
 何とも小気味良い返事だ。
 こんなギリギリの場面でも、何とか持ちこたえられる、そんな気にさせられる。
 「……ご無事でしたかっつ!」
 長身の糸目に近い細目。
 「……ファルマン准尉?」
 「はいそうです。名前、覚えていただけてるとは思いませんでした」
 目の端に皺が寄って微笑んでいるのだと気が付かされる。
 感情の起伏が乏しい性質なのかと思っていたが、そうでもないらしい。
 中尉の怪我を見て、痛々しげに眉を潜めると、手早く広げた救急キットを使って、丁寧に手
当てしてゆく。
 「どうだろう?」
 「消毒がきちんとなされているようでしたから、感染症の危険は低いでしょう。応急処置は、
  しました。命には至らないです……が。なるべく早い休息を」
 捲きつつけた新品の包帯からは、じんわりと血が滲んでいる。
 まだ止血も完全ではないのだ。
                                
                                       


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