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 だから、こう、言えば。
 中佐を忘れられると踏んだのだ。
 
 例え、壊れてしまった心でも。

 「……駄目だなぁ、私は」
 「ロイ?」
 「奴の、枷にだけはなりたくないのになぁ……」
 今を、思ってのセリフか。
 過去を、思い出してのセリフかはさだかじゃない。
 ただ、ぽろぽろ涙を零すロイは、胸が苦しくなる切なさで可哀想で。
 とても、俺の嗜虐心を誘った。
 「俺が、とめてやるよ。だからさ、アンタは俺だけを見てればいい。俺は大人しく、随分長い間
  待ったんだ。いい加減ご褒美くれてもいいんじゃない?」
 「ちゃんとに、とめてくれるのか?」
 「勿論。アンタを殺してでも」
 身体は殺さないが、心を殺してやるよ。
 アンタの記憶の中から、中佐を奪ってやる。
 「ご褒美、あげないとね」
 「ああ。忘れられちゃ困るんだ。俺の青春アンタに注ぎ込んじまったんだからな。ちったぁ回収
  させろ」
 「ふふ、その物言い君らしい」
 強引に、してやろうと思ったけど。
 あっけなく俺の首に、ロイの腕が回って優しく抱き寄せられた。
 俺が落ち込んでいる時を、この人は敏感に感じ取って、こうして俺をやわやわと抱き締めて、
何でも好きに、させてくれた。
 それが、愛だと、錯覚しちまった俺が馬鹿なのか。
 アンタが罪作りなのか。
 触れた唇は、悲しみの衝撃にか、何時もよりもずっと冷たかった。
 ひんやりした感触も、ロイのものなら嫌いじゃないが、やはり熱い身体の方がイイに決まっ
てる。
 ロイの体をシーツに縫い付けて、服を脱ぎながらキスを続けた。
 触っていないと、どうにも不安だった。
 「服ぐらい脱いでしまえばいいのに。大人しく待っているよ?」
 「うるせぇよ。キスが好きなんだ」
 「私も、好きだよ、キス」
 「知ってる」
 SEXそのものよりも、軽い、家族とするようなスキンシップの範疇を出ないキスが大のお気
に入り。
 アンタの事なら俺は何だって知っているんだぜ?
 たぶん、アンタの知らない事も全部。
 さすがにズボンを脱ぐ時は、キスをしてやれなくて、溜息をつきながら、手早くベルトのバッ
クルに手をかける。
 「髪の毛、伸びたね?」
 「そっか?」
 指先が伸びてきて、俺の髪の毛を弄ぶ。
 「好きだな。綺麗な金色。太陽の色みたいで」
 「そんな大層な表現されるほどのモンでもねーけどな。俺はアンタの髪色の方が綺麗だと
  思うぜ。うっとりするような漆黒」
 
 触れば、優しく掌に吸い付いてくる。
 梳けば、さらさらと指の隙間を擽ってくれた。
 何日か風呂に入っていないのだろう。
 匂いはギリギリしないが、全体的に元気がなくぺしゃんこだ。
 このまま抱き合った後、ロイに余力があれば一緒に風呂に入っていちゃいちゃしながら洗って
やればいいし、もし、意識なくなるまで追い詰めちまったら、俺がくるくると洗ってやればいい。
 失神したロイの身体を抱えてバスルームへ運び込み、上から下まで丁寧に擦り上げるのも
手馴れたものだ。
 無意識に、人肌を恋しがる癖があるから、擦り寄ってきて洗いにくいくらいで。
 でもしかし、その無防備な懐きっぷりは何時でも俺を満足させてくれた。
 「はぼっく、の髪の毛もふわふわで、気持ち良いんだよ?りざ、の髪の毛はさらさらで、掌に
  優しい」
 「……二人と金髪だったっけな」
 そういえば、あの二人は今頃どうしているだろうか。
 偽者の大佐が燃え上がった瞬間の。
 中尉が放った狂気の悲鳴と、その華奢な身体を必死に抱きとめながら、縋る眼差しをして
いた少尉の姿は今だ瞼の裏に張り付いている。
 二人ともロイを大切にしていた人達で、ロイもまた二人を他の部下よりも慈しんでいた。
 中尉は中佐亡き後、一番長くロイの側、一番近い所に居たし。
 少尉に至っては、一度は半身不随となった身体を、どうにか歩けるようにまでさせて、側に
置いていた。
 それほどまでに大切にされた二人が、ショックを受けないわけがない。
事後処理に追われて、ロイを思う暇もないのだろうか。
 それとも。
 茫然自失の状態なのか。
 もし俺が、事情を知らされぬまま同じ事をされたらと思うと、背筋が凍る。
 状況次第では、あの二人にだけは本当を、教えても良い。
 俺が側に居れない間、ロイをこちら側の世界に引き止めてくれた人達だから……。
 と、言うのはただの言い訳で。
 実際は、どこまで壊れてしまったのもしれないロイを見せて。
 これは確かにロイだと、言って欲しいのかもしれない。
 「怒ったのかい?エドワード」
 「なんで?」
 「二人の話を、したから」
 「それぐらいで怒りゃしねーって」
 「そう?君は時々、私の側にいる全ての人間に敵意を向けるから」
 はんなりと、笑われて。
 安堵してしまう自分を戒める。
 きっと、こうやって正気でいる時間の方が少ないのだろう。
 あまり期待はしない方が良い。
 服を脱ぎ捨てて、ロイの身体を抱き締める。
 ……練成はやはり身体の負担になったのだろう。
 つい先日触れ合った時には感じられなかった、骨の尖りが気になった。
 「エド?」
 「また痩せやがって。これからはがふがふ食わせてやるからな!」
 「まずは、君のミルクかな。たんぱく質いっぱいだもんね」
 「ばっつ!素でこっ恥ずかしいコト言うんじゃねぇよ」
 ベッドの上で、どうにも余裕が見出せない俺は、何時だってこんな風にロイに転がされてい
た。
 いざ、最中になればちゃんとにロイも溺れてくれたのだけれども。
                        



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