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 「あんたが死んでから、人体練成には触れずとも、錬金術の脅威と不思議はずっと教え込
  んできた。あんたが戻って二人が混乱するようならば、俺が説明してやってもいい……こ
  と、錬金術に関しては、ロイが説明するより俺の説明を信用するくらいだ」
 二人を傷つけないように、人体練成の可能性を欠片も感じさせないように、錬金術を語らな
かったロイ。
 また特にグレイシアさんは、錬金術を使うロイが、本当はそれを使って例えば人を殺すこと
に倦んでいると気が付いていたのだろう。
 この人も聡明な人だから。
 必然、俺の言う錬金術のアレコレを信用するってーのは、当たり前の話。
 「……ロイって、呼んでるんだな」
 「恋人だからな。一応」
 「一応?」
 「そ。ロイにとって俺は、あんたを蘇らせる知識を引き出すだけのモノでしかなかったみてー
  だけど。俺にとっては、たった一人の。生涯最後で最愛の恋人だ」
 「……そっか」
 俺は寝室を指差した。
 「寝室に、アンタの着替えが用意してある。ここからアンタの家への地図と最短のメモと必要
  最低限の金も一緒に」
 「……ありがとう」
 「ロイが、寝てるから。最後に顔を見てゆくといい」
 「いいのか?」
 「……俺が大丈夫だと判断したら。後々。意識を戻したロイとも会わせてやるよ。今はまだ。
  不確定要素が多すぎるからできないけどな」
 不安はある。
 もし、中佐の気配を感じてロイが目を覚ましたらどんな反応をするのか、とか。
 けれど、自分を蘇らせた男を。
 親友を。
 きっと、ある意味。
 妻よりも娘よりも大切だった存在に。
 会えなかったら、今後。
 何らかの支障をきたす、そんな気がするから。
 顎をしゃくれば、中佐はゆっくりと椅子から腰を上げた。
 歩行に、問題はなさそうだ。
 寝室の扉をそっと開いて、中を覗き込んで、くしゃっと顔を歪める。
 泣きそうな顔。
 ロイへの感情とか、関連する記憶も健在らしい。
 ドアも閉めずにすたすたと中へ入ってゆく。
 俺は、開きっぱなしのドアに背中を預けて、ロイの元へ真っ直ぐに歩み寄る中佐を見詰
める。
 俺と同じ事を思ったのだろう。
 中佐は、深い皺が刻まれたロイの額をそっと、撫ぜた。
 皺を伸ばすように。
 それでも、ロイは目を覚まさなかった。
 眠り姫の眠りを覚ますのは、何時だって王子様のキスだと決まってるからなぁ!
 俺の口付けでしか、きっと。
 目を覚まさない。
 最も、俺の目線を感じながら、中佐がロイに口付けたのならば、わからないけれども。

 「……こいつ、ちっとも変わらないな」
 「少なくとも、コト、あんたに関しちゃあね。何一つ変わってないと思うよ」
 中佐だけが、大好きで、他はどうでもよくて。
 人体練成までしでかしたんだ。
 変われる、はずもない。
 「目、覚ますのか」
 「たぶん、大丈夫だと思う。今は俺が強引に眠らせてる感じだから」
 「やっぱり、今は起こせんか?」
 「できるけど。やらない。言ったろう?今のアンタにロイを合わせるには不確定要素が高すぎ
  ると」
 「……そうだったな」
 キス、するのかと思ったけれど。
 中佐はロイの額に自分の額をあてた。
 こちん、て音がした。
 「ロイ…ロイ…聞こえるか?」
 聞いた事もないような、優しくて甘い声音。
 優しい声なら聞いた。
 何時だってこの人は大半の人間に対して優しかったから。
 でも、甘い声はそういえば。
 ロイにしか向けられていなかったかもしれない。
 誰も知りえないロイの、深遠の闇を包み込むように。
 「俺が、側に、いなくても……」
 唇をきつく、噛み締めて。
 絞り出される声は、きっと言いたくはなかったセリフ。
 もしかしたら死の間際に、しかったのかもしれない、懇願。
 「どうか……どうか。幸せに」
 髪の毛を撫ぜて、名残惜しそうに体が離れる。
 「もういいぜ。俺は……行くよ。ロイを……頼む」
 「アンタに言われるまでもないさ」
 肩を竦める俺に、中佐は苦笑した。
 「ホント、お前さん。男になったんだなぁ」
 「嫌味かよ、それ」
 「や。あのボウズがなぁと思って感心しただけさ」
 「言ってろ」
 「じゃ、荷物はありがたく頂いておくよ」
 「……何かあったら、連絡をくれ。特に身体に関しては」
 時間が経たないとわからないことがある。
 人体練成を二度もしでかした俺にも、どんな結果が出たかなんてわかりはしないのだ。
 「ああ。何かあったら……連絡差せてもらう……じゃあ、な」
 「……気をつけて」
 名残惜しそうに、ロイを見詰めた中佐は、それでも前を向くと以降は振り向きもせずに部屋を
出て行った。
 耳を欹てて中佐の足音を聞いて、玄関を潜り、ぱたんとドアが閉まった音を確認して、俺は
大きく息を吐き出した。
 自覚はなかったが随分と緊張していたようだ。
 「は!良かったなぁ、ロイ。ちゅーさの練成は一応成功したみたいだぜ?」
 先刻の練成を見るにつけ、完璧に近い練成だと思う。
 肉体をそのまま使ったといっても、所詮は死体。
 そして何年も経ってからの、黄泉返りだ。
 正直、今中佐が向かっているはずの家に辿り着くまでに、彼の命が消えてしまったとしても、
賞賛に値するべき成功例。
 「だからさ。もぉいいだろう?」
 俺を、見てくれても。




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