壊れたのならば、むしろ。
好みのロイが作れていいやってなもんだ。
「さぁ。もう、目。覚めてっかなぁ」
軍部の惨状が知れ渡ってきたのだろうか。
人がどんどんと軍へ向かっている。
俺はただ一人。
その流れに逆らって、愛しい人が眠る家へと足を速めた。
外から伺うに、人の気配は薄い。
二人とも、まだ寝ているのだろうか。
そっと寝室を覗き込めば、ロイは眉間に皺を寄せたまま、まだ眠りの中にいた。
「もう、思い悩むことなんて、なーんにもないだろうが」
ちゅっと軽く音をさせて額に口付ける。
以前起きる気配はない。
「ま。中佐の方から片付けておいた方がいいかなっと」
リビングへ向かい、同じ風にソファに眠っている中佐の側に仁王立つ。
「さ、起きて頂きましょうかね!マース・ヒューズ……サン?」
ぱん!と両手を合わせて、練成反応を起こした掌でも以って中佐の額を軽く撫ぜる。
「つっつ!」
びくんと、大きく体が跳ねて後。
転がって、ずとんと床の上に転がり落ちる。
「あいたたたた……」
後頭部を両掌で摩った中佐の瞳が、ゆっくりと開く。
穏やかで柔らかな、グリーンアイズは健在だった。
「…お久しぶり?中佐」
「んあ?エドワードか。随分とお前大きくなったんじゃねーのっつーか、腕と足!!治った
んか、お前さん!」
がばっと起き上がって、痛ててて、と再度頭を擦る。
久しぶりに中央司令部を訪れて、挨拶した時と全く同じノリなのに、苦笑する。
この人は、死後の世界からも戻っても、何一つ変わらなかったんだろうか。
「お陰様で。手足は元通り。アルもちゃんと人の身体に戻ったよ」
「そっか。そっか!良かったなぁ。本当に良かったな」
目には涙すら浮かんでいる。
そういえばこの人は、結構な感動屋さんだったけか。
「…っつーか。ここ、どこだ?」
ひとしきり、俺の状態を喜んだ挙句。
ふと我に返ったのか、そんなセリフを吐き出す。
「……しかも、お前さん。手足が戻っただけじゃなくて。随分と、成長、してやしないか」
恐る恐ると言った風情で紡がれる言葉に、俺は静かに笑って返す。
その微笑に、深い闇を読み取ったのだろう。
頭が良く、勘も良い人だから。
ごくっと、唾を飲み込んだ中佐は、震える唇で、更に言葉を紡ぐ。
「俺の身に、ナニが起きたのか。お前さん。知っているか?」
「知ってるよ。とてもよく、知っている。知りたくなかった事までも。ナニモカもを知ってるよ」
「教えて、くれるな?」
「アンタが知りたくないと言っても、全てを伝えるつもりでいるよ、俺は」
「長い話になりそうなんだな。コーヒーでも淹れよう」
「酒でもいいぜ?」
「飲める、年になったのか」
自分の全てがあやふやでも、諜報部一の切れ者を言われた頭脳は損なわれなかったらし
い。
狂った現実を、諾々と受け入れてゆく、その度量も。
欲しがっても、どうしても身につけられなかった懐の深さは、ロイが中佐に欲して止まな
かったもの。
ああ、やっぱり俺は。
アンタが憎くて仕方ないよ、中佐。
「酒は、話を聞き終わってからにするさ」
「俺もそうするよ。インスタントになっちまうが、それで構わない?」
「ああ……よろしく頼むわ」
ひららっと掌を振る、癖。
同じ癖を、俺はロイの為に身につけた。
中佐に成り代わろうとした訳じゃなかったけれど。
それでも、俺は。
中佐に似た態度を取れば、アンタが喜ぶって知ってた、から。
本当、欠片も伝わらなかったけれど。
こんなにも、愛しているのだという想いが。
インスタントのコーヒーを濃い目に二つ淹れて、テーブルの上に置く。
真っ直ぐ射抜く緑色の鮮やかな眼差しに、屈することなく。
俺は、現実を語った。
「……大馬鹿野郎だな。ロイ・マスタング」
中佐の死から、その人体練成に至る過程を語った。
未だ眠りについて、何を等価交換として差し出したかわからないロイの状態までをも。
時折、さすがと思う質問をする他は、黙って聞いていた中佐が、全てを語って沈黙を守る俺
の前で、漏らした囁き。
悔やんでいるのが、深く、深く伝わってくる。
恐らくは、そこまで自分を亡くしては生きて行けないように、ロイを変質させてしまっていた
己を、憎む激しさで後悔しているのだ。
「本当、馬鹿だよね。練成したって。自分も中佐も生き返ったって。二人で生きて行くなん
て、できないのにさ」
「エド?」
「そんなの、俺が許さない。アンタには奥さんも子供も居るんだ」
「でも……」
「グレイシアさんは、未だにアンタを思って未亡人のままだ。驚くだろうけど度量の広い人だ
し。何よりも誰よりもアンタを愛している。全てを伝えれば、絶対受け入れてくれるさ」
本当は、先頃持ち込まれた縁談に、心を動かされているのだが、それは教えてやらない。
まだ、話が固まったわけでもなし。
グレイシアさんの心が目の前の男に囚われたままでいる事実は、変わらないのだ。
あの、可愛らしくも俺なんかを慕ってくれるエリシアちゃんや、ふらりと訪れる俺を、何時
だって歓迎してくれるグレイシアさんに悪いと思う気持ちがないではないけれど。
せっかく、この男の死を乗り越えようとしている所に、無粋だと思うけれど。
中佐は、二人のモノでなくてはならない。
ロイを俺だけのモノにするための必須事項。