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 どうせ、アンタ。
 中佐が生前のまま返ったとしたって、二人で。
 二人きりで過ごすなんて、考えもしなかったんだろう?
 中佐を、婦人とエリシアちゃんの所へ戻すんだろう?
 そうして、今度こそ幸せになった三人を見て。
 末永く死とは随分遠い場所で、幸せに生き逝く様を見届ける。
 俺を、側に置いて。
 それが、望みだったんだよな。
 「なぁ……そうだよな」
 だって、アンタ寂しがり屋だから。
 誰か側にいなければ、遠くから見守れなくなっちまうもんな。
 今度こそ、せっかく再び出会えた家族を、地獄のどん底に落とすような所業に走っちまう。
 だから、俺を、側に置いて?
 「ね?ロイ」
 何よりも、誰よりも、憎しみよりも愛が凌駕する。
 どうして、こんなにアンタにだけ狂うのか、自分でももう、わからない。
 「……眠り姫の目覚めは王子様の口付けでってね」
 唇に軽く触れる。
 温もりは、変わらない。
 パン!と両掌を合わせる。
 真理の扉を開けた者にしかできない、簡単過ぎる練成。
 稲光にも似た練成反応の後。
 「んっつ?……ん、うう?」
 ロイの、瞼がもったりと、持ち上がる。
 完全に開いた瞳には、確かに、俺が映り込んでいた。
 「……だあれ?」
 寝惚けているに違いない。
 俺が、わからないはずはないのだ。
 たとえ俺の知るロイが、こんな風には決して寝惚けなかったとしても。

 「わからないのか?」
 「……いや。わかるよ?何を言っているんだい。私が君を忘れる訳ないじゃないか」
 蕩けるような笑顔は、確かに寝惚けている間によく、見せてくれたけれど。
 こんなにも、胸を抉るような切なさを喚起されただろうか。
 「鋼の?」
 不安を打ち消すように、きっぱりと呼ばれて、取り合えず安堵する。
 「気分は、どうだ」
 「寝起きでぼんやりしているよ」
 「どこか、身体に変調は」
 「ないよ……どうした。そんなに怖い顔をして」
 伸びてきた腕が、俺の首に気安く回る。
 そういえば、こいつは俺が不安がると手馴れた風情で過度なスキンシップを取ってごまかす
のが得意技だった。
 口元に自然苦笑が浮かぶ。
 以前と変わらないのが、こんなにも、嬉しいとは。
 自分のロイへの執着ぶりには、ほとほと呆れ返る。
 あんなにも、手ひどい裏切りを受けたばかりだというのに。
 「いや。どこまで、何を覚えているのかわからないからね。慎重なだけど」
 「どこまで何をって……今、寝て起きた所だろう」
 「そうだ……寝る前、何をしてたか思い出せるか」
 「寝る前?」
 んーと俺の肩に額をあてて、考える風情。
 俺のうなじを弄んでいた指先が、ぴたりと、止まる。
 「寝る、前……私は、とても、楽しくて、嬉しくて……幸せなことをしていたよ」
 「あれが、幸せな事か」
 「アレ?」
 「俺に言わせるのかよ!」
 「……鋼の?何もそんなに怒らなくとも。寝起きで、頭がはっきりしないだけじゃないか」
 一体どこまで、正気なんだ。
 こうして真摯な内容を茶化された過去は幾らだってある。
 しかし、今回ばかりは勝手も違うだろうが。
 「人体練成したんだろっつ!」
 「……人体練成?私が?何だってそんな真似を!する訳ないだろう。悪い冗談だ」
 ゆっくりと肩から離れた額。
 「冗談……きつい」
 しかし瞳は虚ろで、目の前にいるはずの俺を映しちゃいない。
 「それは俺のセリフだろ。ったく。何で今更、中佐を練成するのかって!」
 不意に、瞳の焦点はあった。
 相変わらず、俺を見てはくれなかったが。
 「中佐って?ヒューズ、を。私が?」
 まずったか?
 舌打ちをしても言ってしまったセリフは今更撤回も出来ない。
 「ああ、ヒューズ中佐を人体練成しただろう?覚えてない訳」
 「……ヒューズを、人体練成……そうだ、私は。ヒューズを練成したんだ。そして、成功した
  んだ……確かにあいつの身体はちゃんと心音を刻んでいた。温もりだってあった。でも私
  は奴が意識を取り戻す前に、眠って、しまって……」
 どうやら、ゆっくりとだが間違いの無い正しい記憶が戻ってきたようだ。
 「ヒューズっつ!ヒューズはどこだっつ!」
 「ここには、いないよ」
 「いおないっつ?どおしてっつ!」
 「ヒューズ夫人とエリシアの所へ行かせたから」
 「グレイシアと、エリシアの、所へ?」
 「そうだ」
 
 突然、ロイの全身から力が抜ける。
 ショックではあったのだろうが、何だか様子がおかしい。
 人体練成をしたのだ、おかしくて当たり前なのだが。
 俺が無くした物と、ロイが無くした物は全く違う気がする。
 それが、どうにも気にかかった。
 「そう、だよな。ひゅーず、は。二人のモノだもんな……」
 ぺったりとシーツの上に頬をつけて、横顔を晒しながら恨めしそうに。
 「……二人の、モノだもんな」
 ぎゅうっとシーツを握り込む、切なさにたまらなくなって、俺は手の甲に自分の掌をあてる。
 「いいだろう?アンタには、俺が居るんだから」
 「そーだね。そう、だね。私には君が、いるね」
 「そう、俺が居る」
 不安定なロイを全部俺が抱え込めればいいと、背中から抱き締めた、その時。
 「で……君は、だぁれ?」

 酷く一本調子の声に、全身の血が、凍った。
                        



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