すかさず、ジッポーを取り出してくる副官を掌で制して、愛用のライターで火を点ける。
オイルの香りと煙草の煙に、すうっと頭が明瞭になって行くようだった。
「あの、炎ですか?」
「そ」
遠目でもあの人が戦っている様子は見て取れる。
目にも鮮やかな炎が、まるで生き物のように蠢くからだ。
その、目の眩む華やかさは、あの人の生き様にも思えて、俺は何時でもうっとりとした眼差し
で魅入ってしまう。
例え、炎が全ての敵対する存在を綺麗さっぱり飲み込んでいく、恐怖の存在だとしても。
「自分は、少し。怖いですね」
「そうか」
「畏怖、に、近い怖さですけれども」
「ああ。ならわかる」
ただ怯えて恐怖して、更には嫌悪を覚えるならば、それだけしか、感じ取れないならば。
大佐の下には居られないからだ。
「大佐に付き従う部下は、大半がそういう感想を抱くのではないですか?」
「かも、しれないな」
ちなみに、側近五人は表現違えど皆、あの焔を綺麗だと賞する。
あの人の生き様のようでしょう?と笑ったのはホークアイ中尉。
綺麗で激しくて、焔を自体は消えても熱は残っている。
そんな所が大佐らしいのだと言っていた。
一番長く大佐の側に居た人だから、俺よりも正確に大佐を把握している。
以前は、恋人同士なのかな?と思った。
それぐらい。
解り合えていた二人だったから。
でもまぁ、それは杞憂だったのだと、大佐と晴れて恋人同士になった時に聞いた事情で納得
した。
今はもう亡くなった大佐の錬金術師の師匠が、中尉の父親だったと。
父親が残した最大にして恐らくは禁忌でもある術が、中尉の背中に彫り込まれていつのだと、
言われて。
親密さと、それよりも深い繋がりを理解したのだ。
身体を貪りあってお互いを確かめる必要のない信頼は羨ましくもあり。
そういった意味では決して交じり合わない二人が物悲しくもあり。
今はきっと俺のようにハラハラした心境のままに、後方を守っている中尉を思い浮かべる。
中尉を選べば、きっともっと普通に明るい未来が開けたと思うのに、なぜ俺を選んだのかと
尋ねれば苦笑と共に明快な返事。
お前が私と違う闇を知るからだ、ハボック。
俺は大佐の部下になる前、通称・ゼロサム部隊と呼ばれる、軍部の特殊な部隊にいた。
大総統閣下直属の部隊だが、公式では認められていない。
軍部でも大半の人間が、噂でしかない部署だと信じている。
本当を知るのは、部隊に属していた本人達か、諜報部の一部。
将クラスの幹部の一部ぐらいだろう。
大佐は勿論知っていた。
本来なら知る地位ではないが、この人の友人は諜報部一のキレ者と言われるヒューズ中佐だ。
頷けるというもの。
ちなみに俺は、この人には中尉に対する以上に嫉妬していた。
が。
中佐が俺を大佐に引き取るように進言してくれたのだと聞いて、その嫉妬を少しだけ和らげた。
『なぁ、ロイ。特務に一人だけ。面白いのが居る。拾ってみねぇ?』
そんな言葉だったらしい。
誰でもいいからもう少し部下を増やせ!と今でも言い続けている中佐が、人物を特定して薦め
てきたのは初めてだったので、心が動かされたのだそうだ。
感謝はしている。
けれど、素直に頭を下げられないのは。
大佐にとってこの人が、親友以上の存在だと知っているから。
俺が邪推したような、肉体関係はない。
が、キスはする。
中佐一方的なのが多いが、大佐からもするのだ。
大佐は、親愛の証だよ。
肉親にする情愛の口付けだ、と笑って俺をいなすけれど。
……中尉は、女性だから。
肉親だと言われても納得できる。
が、中佐は男だから。
例え、最愛のと公言して憚らない妻や娘が居ると知っていても尚。
納得できないのだ。
二人を知る度に、何時か。
俺の知らぬ所で一線を越えてしまうような、気がして。
……全く大佐が側に居ないとろくでもないことばかり考える。
隣には部下も居るというのに。
俺は自分が情けなくて小さな溜息をついた。
その時。
轟音と共に鮮やかな閃光が天空へと走った。
こんな真闇を切り裂くように赤く、赤く、輝く華やかな光を、俺は他に知らない。
自然現象では基本的にありえない、地から天へと上る焔は、間違いなく大佐が放った物。
市街地戦とは違い、遮蔽物が全くといっていいほどない砂漠地帯だからこそ、こんなにも
綺麗に見えるのだが。
「っつ?」
本来ならば真っ直ぐに上がるはずの閃光が、僅かだが、斜めに走っている。
「軍曹!」
「はいっつ!」
「俺は今から大佐の下へ行く。十分後無事を知らせる閃光弾を上げる。もし、閃光弾が
上がらんかったら、速やかに部下を連れて撤退。俺と大佐が戻らない旨をホークアイ
中尉に無線してくれ」
「イエッサー!……少尉!」
「何だ」
既に走りかけていた俺は、それでも俺を呼ぶ心配そうな軍曹の声に振り返る。
「無事に、お戻りを」
「ああ、なるたけ心配せんで待っててくれ」
頷く様子を目の端で捕えるままに、俺は全速で大佐に向かって走り出す。
砂漠で移動が遅くなりがちなのは、砂が足に絡まるからだ。
車での移動もきちんと整備していなければ、エンジンが砂を噛んでトラぶる。
しかも今は全く視界がないに等しい闇の中。
天気が悪かったせいか、星もなく月すら出ていない。
本来ならば、頭にライトでも装備して、しかも方位磁針で己の位置を確認しながらでなくて
は移動が難しいとされている。