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 だが、俺は。
 砂漠でも夜でも、何時でもどこでも。
 己の最速で疾駆することができた。
 地面スレスレに低く、低く、腰を落として走るフォームを誰もが真似できないという。
 大佐は、犬じゃなければ無理さ、と嬉しそうに笑って。
 頭をくしゃくしゃと撫ぜて褒めてくれるので、俺は他の誰が何を言ってもこの走法が出来て
良かったと思っている。
 実際、早く走る、動けるってーのは戦闘要員として一番の利点だ。
 俺が前衛の戦闘員として重宝されるのは、天性の勘の他にも、このスピードって奴がものを
いわせているんだと思う。
 冗談ではなく、かなり手だれと言われる人物達とナイフを使った模擬戦で対峙しても、相手
の動きがまるでスローモーションに見えてしまうのだ。
 またしても大佐曰く、動体視力も恐ろしくいいんだろう、という所に落ち着くのだが。
 ま、何にせよ。
 大佐の役に立てれば何よりだ。
 「あーもう、俺。頭の中大佐の事ばっかり」
 ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟りながら、しかし目を見張るスピードで走る抜けて行く人間を見たら、
 大半の人間は驚くだろうなぁ。
 こんな闇の中で、暗視スコープでもついてなきゃあ、人間では把握できんだろうけどさ。
 見つかっても、そのスピードで以って、相手に『今のは何の動物だ?』と言わしめるぐらいは
ヤレっけどよ。
 「後何百メートルだ?」
 数分後には、大佐がいるであろう場所につけるだろうが、その僅かな時間も惜しい。
 俺は自分の限界を試しながら、更に足を早める。
 心臓がうるさいほどこめかみで鳴って、息が上がった。
 目の前が霞み、ちかちかし出した時。
 不意に視界が開ける。
 大きな練成をした後特有の、紅金色ともいう色を全身に纏った大佐が、所在なさげに、ぼん
やりと。
 佇んでいたのだ。
 大量殺戮の後でも、地にしっかりと足をつけ、周りが心配するほどの鮮烈さでその存在を
誇示してみせる大佐らしくもない、風情だった。
 「……タ…い、さっつ…だい…じょ、ぶ?」
 まだ息が切れる。
 ぜぃぜぃという己の呼吸音が鬱陶しい。
 「た、い……さ」
 ぽんと、後ろから肩を叩いた。
 それでも動かない身体を、ぎゅうっと抱き締める。
 途端。
 大佐の膝が崩れた。
 「おっつ。と……と……」
 何時もなら余裕で支えるのだが、限界を超えて走り続けていた俺の足も馬鹿になっていた
ようだ。
 一緒に砂の上に、ぺたんと尻餅をついた。
 「……だいじょーぶ…っすか?」
 「……はぼ?」
 「あい…俺っす」
 「どーして、ここにいる?」
 部下を置いてきた、責める色ではなく。
 心底俺がなぜここに居るのかを理解できない、そんな声音だった。

 「せんこーが、斜めに、走ってたんで。心配、したんスよ」
 「で、来たのか?」
 「はい」
 「……そうか。本来ならば、真っ直ぐに上る閃光が。斜めに走っていたのか」
 「そうです……もしかして自覚、なかったんすか」
 「ああ、なかった……」
 ほうっと、大きな溜息が零れ落ちて、俺の腕の中。
 意識して体重を預けてくる大佐が、こちら側へ戻ってきたのだと認識した。
 「大丈夫、っすかね?」
 「もう、平気だ」
 ぽんぽんと抱き締める俺の手の甲が軽く、叩かれた。
 「先刻は、ちょっと。まずかった、みたいだが」
 「怖い事、言わんで下さい。ま、間に合ってよかった」
 ぎゅうと強く抱き締めれば、大佐は頬を摺り寄せてくれる。
 「……何があったのか、聞いてもいいっスかね?」
 「……大した事じゃないよ」
 「できれば、聞きたいんスけど…今後の参考に」
 「ふふ。良いよ。お前になら」
 言う事を聞かない俺に飽きれたのか、諦めたのか、それでも大佐は澱みなく話し出す。
 「術の最中に、思ってしまっただけなんだ。ああ、私はここで何をしているのだろうか、と」
 「……人殺しをしようと、していたんですよね」
 「そうだ。それが、認めらなかったんだ。認めたくないのではなく、認められなかった」
 「わかります……何となく。ですけど」
 戦闘の最中に、すこーんとやってくるのだ。
 敵と直に刃を交えるような緊迫した中でも。
 頭の中が、真っ白になる瞬間が。
 自分を見失ってしまう、狂気の世界が。
 「それで、術が正確には発動しなかったんだ」
 「成功は、したんですよね」
 「無意識に制御をかけたんだろうな。全く私は骨の髄まで軍人だよ」
 やれやれと首を振る大佐の口調は、少し、寂しそうにも聞こえた。
 「成功したんなら、良いっス。部下に連絡を入れますね。心配、してますから」
 「そうしてくれ」
 頷く大佐を、腕の中に引き続いて収めつつ、我ながら器用に無線機を引っ張り出す。
 簡潔に報告を終えた瞬間を見計らって、大佐が目線で変わってくれというので、無線機を
手渡せば。
 相手に謝罪をして、一言二言。
 かちっと、無線機を切った。
 「迎えは何分後だ?」
 「十五分程度でしょう。暗視スコープで俺等が確認できる位置までは」
 「じゃあ、それまで。このままで良いか」
 「ええ、無論」
 「生きて、ここへ。戻ってきた気がするから」
 珍しく弱気な大佐は、もしかしてあちら側へ、少し。
 自分を残してしまっているのかもしれない。
 俺は、目を伏せてゆるやかな呼吸を繰り返す大佐の体を、腕の力を幾許か緩めて
抱え直しながら、遠くから聞こえてくるはずのエンジン音に、耳を澄ませ続けた。



                                                    END


 
 

 *思ったより早く終わりました。
  不意に、すこーんと何の脈絡もなく嵌る、真っ白い時間が書いて見たかったのですが。
  成功したんだろうか?
  したような気もしないような気もする今日この頃です。

  2008/01/20 E



 
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