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 リミットブレイク


 どごがあああん。
 ずうががあああん。
 
 全身が痺れたような激しい爆音。
 天から降り注ぐようにも、地から湧き出るようにも聞こえる音に、耳どころか体全体の機能
までをも狂わされそうだ。
 鼠の巣穴のように堀巡らされた塹壕も、今の攻撃でどこか崩れてしまったかもしれない。
 「大丈夫かー」
 「無事っス」「二人軽傷!」「全員無傷!」「何とかー!」
 俺が指揮する直属の部隊・四班の班長から、声が上がる。
 耳を劈く独特の怪音にさらされても尚。
 俺は部下の声を聞き間違える事はないだろう。
 「軽傷者は、衛生班の所へ。以外は、待機!」
 「「「「サー!イエッサー!」」」」
 こんな場面でも小気味良いくらいの返答に、手を上げて返すと、ぎりぎと唇を噛み締める。
 敵さんは、戦車までも持ち出してきやがった。
 国同士の戦争ならばいざ知らず。
 たかだが国内のテロリストが持ち得る武器ではない。
 背後に、他国の影が無駄にちらつく。
 軍国家として独立して日が浅いアメストリスには、敵が多い。
 一番可能性が高い国といえば、一応停戦協定を結んでいる、ドグラマ辺りか。
 「軍曹?」
 「イエッサー!」
 「今、何時」
 「マルマルヒトマルです!」
 自分の時計を見ながら隣に俺よりでかい図体を縮こまらせて侍る、俺の副官に確認を取れ
ば、時刻に間違いはなかった。
 「十分も遅れていやがる……」
 作戦開始は0時ジャスト。
 この手の作戦で大佐が遅れを取る事は、皆無に等しい。
 「大丈夫ですよ、少尉。マスタング大佐に限って万が一の事は……」
 ある訳ないなんて、誰よりも知ってる。
 でも。
 「俺がっつ!心配なんだよっつ」
 「……失礼致しました。サー」
 「……や。悪りィ。お前だって心配だよな」
 俺に忠実な副官ではあるが、大佐の事も実に深く尊敬している。
 比較的無口な性質の、それでも行動から十二分に知れた。
 「私如きが、心配など!」
 恐れ多いと言わんばかりの風情に、俺は奴の肩を軽く叩く。
 「そうやって、皆が心配してくれるから、自分が帰ってくると信じて疑わないから、あの人は
  帰って来るんだ」
 時折、泣きたくなるほど潔い人だ。
 部下を護ってなんて、簡単に死ぬだろう。
 その為の、自分だと、信じて疑わない人は、軍の中。
 それも上層部の中では稀有な存在といえる。
 「……だから、俺等はただ、待ってればいい。歯がゆいけどな」
 「ですね。帰ったら、少尉が言って差し上げればいいです『あんまり心配かけんで下さいよ』
  って」
 「だな」
 口数が少ないはずの部下が、口を回したくなるほど俺は、切羽詰った顔をしているのだろう。
 自覚して、戒めてはいるのだが追いつかない。

 ああ、どうして今。
 俺は、あの人の側にいなんだろう。

 危ないから、ここまでだ、と。
 俺の肩に発火布をはめた掌をそっと置いて、俺を、背中を振り返りもせずに出て行ってし
まった。
 兵力差は、二桁。
 戦闘能力差は、三桁を上回る予測をファルマンが弾き出している、その。
 最悪の最前線へと。

 たった一人で。

 「……少尉」
 「んだ?」
 「歯軋り、気づいてますか」
 「……今、気がついた」
 苦笑しながら副官に指摘されて、初めて。
 歯がぎりり、ぎりりと鳴っているのに気づかされる。
 「自分の前では構いませんが……」
 「あー士気に関わるわな」
 「ええ」
 ふーと、肩で大きく息をして、ポケットの中から煙草を取り出した。
 とん、とんと、指先でくしゃくしゃのケースを叩けば、何と中身は空。
 「ちっつ!」
 ついてない時は、どこまでもついていないもの。
 「……どうぞ」
 握り潰したパッケージを見ながら忌々しげに舌打すれば、副官がすっと目の前に封も切って
いない煙草を差し出してくる。
 「お前、煙草やらんよな?」
 「はい。これは少尉の為に用意してますよ?こういう場合は、特に入用でしょう」
 「……気が利くっつーか、なんつーか」
 差し出される煙草を受け取る。
 部下といえども等価交換!と言い張って憚らない、大佐の顔がひょんと浮かぶが、今俺が
交換できそうなものはない。
 「あー。さんきゅーな。礼は後で……何か奢るわ」
 「入りませんよ!これぐらい、他の部隊では普通ですよ?」
 「そう、なのか?」
 「はい。大佐の下。貴方の下では考えられないかもしれませんけど……」
 そういえば、この副官は元々大佐が他の部隊から、俺の副官にどうだ?とわざわざ引き抜い
てくれたんだった。
 本当に気の利く副官で、できる部下を持つ上官の気持ちって奴を、俺はこいつのお陰で常時
味わえるのだ。
 「まーでも、やっぱ等価交換だろう。ここで奢るっつても間抜けたレーションしかないから、
  作戦終わったらな」
 重ねて言えば、上官からの命令と思うのだろう。
 副官は敬礼で承諾を寄越す。
 「しっかし、まぁ。綺麗なもんだよなぁ」
 ぴりぴりと封を切り、一本を取り出す。




                                         
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