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 中尉を愛でる俺と大佐。
 考えられるようで、考えられない。
 中尉は愛でられるタイプではないし、俺とて中尉よりは大佐だ。
 一般的には、あれだろう。
 娘よりも、度を越して妻大事ってーのは。
 例えばスケート滑ってたとして、二人一緒に転んだら、助けるのは中尉でなくてはならない
のだ。
 でも、俺は大佐を助ける。
 自分の中でのこうした例え話ですら、俺は大佐を優先するのを止められない。
 正直。
 色々な意味で終わってるって、思う。
 「けど、結局は虚構だ。ある程度ならロイもすんげぇ、楽しむと思うけど。あ、今はちょうど
  楽しんでる最中な?」
 「わかります」
 「でも、そう遠くはない未来。飽きるってーか、萎える」
 「俺は別に萎えられてもいいっすけど?」
 「あれは、萎えると厄介だぞ。興味をなくすから」
 「……それが何か?」
 興味をなくされたって、俺はスタンスを変えない。
 大佐が俺の絶対だってーのは、もう決めたし、諦めた。
 「……何か、じゃねぇよ。入れ込んでた分。あいつの目が自分に全く向かないのに耐えられ
  ねーぞ?」
 「まさか、中佐。経験者」
 「おうよ」
 それは、信じられない話だった。
 俺の知る大佐は、それはもぉ、あらゆる意味で中佐に興味津々なのだから。
 「まぁ、俺もあいつを知り尽くしてるつもりだかんな? 再び興味を持たせて、二度と萎え
  させないように設定しちまったから、アレだけど。マジこたえた。冗談でも嫌だって、思う」
 「そうっすか……でも、俺は……」
 中佐のようには、できない。
 ただ愚直なまでの忠誠を捧げるくらいしか、できない。
 そして恐らくそれが。
 一番、大佐の近くに長くいられる方法だと認識している。
 「うん。今のままでいるってのは、間違ってないと思う。でもよぉ、ハボ。
 自分を散々好き勝手振り回してくれちゃってる、上司に。君臨してぇとか、思わねぇ」
 「君臨、ですか」
 「そ。男はてめぇより上の女に憧れるって言うじゃん。屈服させてぇってよ?」
 屈服。
 今までは考えて見た事もなかった。
 大佐が閣下の犬とか聞いた時も。
 身体で地位を買ってるんだとか言われた時も。
 軍人は全員閣下の犬だろうが、阿呆。
 地位が買える極上の身体持ってねーのを僻むんじゃねぇよ、馬鹿。
 と返してやった。
 自分が見てきた、大佐だけを信じてきた。
 けれど。
 「あいつの身体はマジいいぜぇ。すすり泣く様に、許してぇとか、言われてみ? インポでも
  勃起すっから」
 大佐が一番信用している相手が囁く大佐像は、信じざる得ないし。

 何より。
 自分自身が見てみたいと思ってしまった。

 「……俺はナニをすりゃあいいんで?」
 「最終的には、俺が居ない時。あいつを宥めてくれる存在になってくれりゃあ、御の字」
 「当面は?」
 「お前をもう一人の主だと認識させるSEXを三人で」
 思わず口笛を吹いてしまった。

  
 「俺が設定するわ。うーん。東部のホテルだとロイの顔が割れすぎだから駄目だろーから。
  今度の中央出張ん時。お前が一緒に来いよ。ちょーどロイがへろんへろんで前後不覚に
  なった辺りに召還してやっから」
 「すげぇ!」
 「だろ? 俺様天才だもん。ってーか、ロイもちょっと自分の立場を性格に把握して欲しい訳よ。
  このまんまじゃお馬鹿な子になっちゃうし」
 「俺は、お馬鹿でもたぶん好きですけど?」
 「んなこと言ってっから、ロイに駄犬呼ばわりされんだよ、お前。大体仕事に支障だしてるよう
  じゃ、洒落になんねーだろ」
 ふと気がつけば、中佐の酒はワインに切り替わっている。
 これまた、大佐が好きそうなワインだ。
 口では酷い事いっても、この人の飲み基準て大佐なんだと思う。
 中佐の場合は、それを意識してやっているのか、無意識でやっているのか、そのどちらで
あっても計画のうちな気がして仕方ないけれど。
 「大佐の仕事、ですか」
 「だーかーら! お前の仕事がロイのせいで無駄に滞ってるんなら、その辺に転がってる、
  ぼんくら将軍達とかわんねぇんだって!」
 「ああ……」
 「ったく! 気の抜けた返事してんじゃねーよ。新しいビールでも飲んでしゃきっとしろ! 
  しゃきっと!」
 どででん! と目の前に書かれたのは黒ビールのジョッキ。
 東部ではここの店しか置いていないのだと、先程見たメニューに書いてあった。
 実に濃厚そうな見た目だ。
 「では! 不肖、ジャン・ハボック頂きます!」
 「おうよ!」
 大佐と飲んだら、このノリはないだろう。
 時々この人が、上官であることを忘れる。
 さすがに、大佐世代の宴会部長と言われるだけあって、勧め上手の盛り上げ上手。
 「うわ! これうめーっス!」
 「だろだろ? 意外にリーズナブルだから、ブレダ辺りも連れて来てやれよ」
 「そうします。この濃厚さなら中尉もお代わりしてくれそうです」
 「あー。リザちゃん。軽い酒駄目だもんなぁ。酔うほど強い酒に走る酒豪の鉄板ぷり」
 「そうそう。でもって全然酔わないんですよねぇ。何時か良い潰してみたいっス」
 「よせよせ! 破産するのがおちだって」
 「ですよねー」
 大佐を躾ける相談をするはずが、くだらない話に終始して密談とも言えない飲み会は終わっ
てしまった。
 中佐的にはたぶん。
 実践で勝負と考えているんだと思う。

 ただ、俺は。
 中佐が言った、中央出張の日を待てば良いのだろう。

 その日は、東部でテロリストが跋扈し捲くってくれたお陰で中央出張の時間は取れず、一ヶ
月ほど経ってからやって来た。
 「はぼ!」
 「うぃっす」
 「明後日からの出張はお前がお供だ」
 「俺っスか?」
 「ああ。ちょうどオリヴィエ少将がいらっしゃるんだそうだ。で、中尉じゃなくて、お前を北方
  召還したいらしい」
 「げ!」
 まさか、中佐。
 少将まで巻き込んだのだろうか。
 偶然だと信じたい、と俺は内心冷や汗を流しながら驚いて見せる。
 「断るにしても、直接言わないと引きそうにないだろう?」
 「なるほど。じゃあ、準備しておきます」
 「今は時間がないからな。向こうが食い下がってきたら一ヵ月後には必ず! とか言っておけ」
 「ですね。実際問題、阿呆どもの跋扈が落ち着けばいけるでしょうし」
 「全くだ。会議なんて出たくはないが、少将から内線を貰ったからには行かねばなるまい」
 ふぅ、と溜息をつきつつも、大佐の顔はどこか楽しげだ。
 少将自体も気にっているから、俺を引っ張り出すためとはいえ話が出来たのは嬉しいのだろ
うし、きっと中佐が、暗躍して大佐の警戒心を緩めているはずだ。
 「じゃあ、大佐はこの書類の山を少しでも攻略することっスね」
 「……善処する」
 「リザねーさんに怒られたくなかったら、頑張らないと!」
 「はぼ?」
 「あい?」
 「さいきんおまえなんかなまいきだぞ!」
 むぅ、と頬を膨らませた大佐に、頬の肉を思い切り引っ張られた。
 大佐と違って肉の薄い頬なので、結構洒落にならない痛さだった。
 「ひたいれふよぉ、たいさー」
 「うるさい、ハボなんか! 生意気な犬なんかいらな……」
 「生意気な鷹もいりませんか?」
 絶妙のタイミングで入って来てくれた中尉の姿を見た途端。
 大佐は、俺の頬からぱっ! と指を離した。
 「鷹はいる! 生意気でもいる! じゃなくて! 君は生意気なんかじゃないだろう?」
 「ハボック少尉と比べると、冗談じゃないですねぇ? というレベルで生意気だと思います
  けれど」
 すたすたと大佐の執務机に書類の山をもう一つ積みながら、冷ややかな目で大佐を睥睨
する。




                       何時でも何処でも最強中尉が好きです。




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