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 躾け


 「よう、わんこ。ちっと時間くれねーか?」
 「はぁ……構いませんけど」
 珍しく定時上がり。
 大佐が出張中だから、邪魔されるコトなくって仕事がスムーズに運んだんだよね。
 何か、最近、あん人。
 無駄に絡んでくっからさぁ。
 「ほいじゃー、少しだけ待っとけ。も、終われるからさ」
 「うぃっす」
 適当に返事をして、大佐の机に座って怒涛の勢いで書類を処理する中佐を見やる。
 大総統閣下から請われての中央出張で、仕事が滞る代わりにって、この人が東方司令部に
送られてきたのが、昨日。
 大佐が溜め込んでいた、ざっと一か月分の書類も、期限切れのものに関しては既に処理済
ってー状態。
 後一日、大佐が帰ってくるまでには、未処理の書類はなくなってると思う。
 書類処理のスピードもさることながら、大佐が乗り移ったみたいな処理するんだよね。
 白、黒、灰色。
 ブレさんも言ってたけど、採択加減が綺麗に色分けできてるんだとさ。
 単純に付き合いが長いってだけじゃ、できねーと思うんだけど。
 まぁ。
 各司令部に名前が知れてる人だからなぁ。
 親馬鹿妻馬鹿ってだけじゃなくてね。
 「……うし!ラスト終了っと。ほんとーにロイの奴は書類溜め込むの好きだよな」
 「本人曰くやればできる子なんスよ?」
 「知ってる。出来る人間が全開でやっちまうと体壊すからな。適当に加減しているんだ、あの
  馬鹿は」
 「馬鹿、なんすか?」
 「俺に処理させなければ、褒めてやる」
 「なるほど。あ!店どーします」
 「……俺が知ってっトコでいいか?」
 「高い店は勘弁して下さいよ。今月素寒貧なんスから」
 「あー?無駄遣いしそうなタイプにゃみえんが。悪いねーちゃんにでも引っ掛かったか」
 「ちゅーさ殿の親友が原因スよ」
 「ふーん?」
 興味ありげな顔だったが、ここで話すべきではないと思ったのだろう、顎をしゃくられて、行こ
うか、と促された。

 「へぇ。格好良い店っスね」
 「全室個室なんだ。密談にはいいぜ。やばい相手口説く時にもオススメ」
 「女構ってる暇ねーし。ましてや、高嶺の花に興味はねぇっス」
 胸でかくて、感度が良ければそれで。
 まだ結婚なんて冗談じゃないし。
 実家が五月蝿くなったら、見合いでもすりゃあいい。
 どうせ、ほとんど家にも帰れない日々が続くんだ。
 きっちり家を守ってくれるタイプでありゃ、文句はない。
 「……ロイには?」
 「ぶっつ!あの人は女じゃないっスよ」
 「でも、知ってるんだろう?」
 「……はぁ」
 
 あいつには、奥方も娘もいるんだと、百も承知しているがな。
 私はヒューズに抱かれるのが好きなんだ。
 中々に背徳的だろう?
 奴とのSEX以上に満たされる行為は、今のところ存在しない。

 酔った勢いでそんな風に告白された。
 俺が大佐の生活の中に入り過ぎてたから、牽制されたんだと思う。
 別に、俺。
 大佐と犯りたい訳じゃないんだけど。
 ただ、色々と見てられなくて、ついつい手を出しちまうだけなんだけど。
 そん時は、お惚気は場所と相手を選んでお願いしますつって、綺麗に笑い返されたんだっけ。
 「今まで、俺はあいつを誰かと共有するつもりなんざなかったんだ」
 「へぇ」
 「だが、ちっと。最近おいたが過ぎる。お前さんへのちょっかいを含めてな」
 「俺は、平気ですよ?」
 「財布が大打撃だろうが」
 「あはははは」
 大佐に請われている訳ではない、ただ自分が好き好んで大佐が心地良く過ごせる生活環境
を整えているだけだ。
 高級志向ではないが、目も口も肥えている大佐を満足させるには、結局金が必要になってく
る。
 さすがに、借金をしてまで貢ぐ趣味はなかったが、今日の煙草の本数を数える程度には、
貢いでいるかもしれない。
 「……俺には、女房子供が居るからな。それはあいつの切望でもあったが、あいつだけでの
相手をしてやれない罪悪感とジレンマがあるんだ」
 「マジ、なんすね?」
 「じゃなきゃ、アイツの相手なんかできんさ」
 いざとなったらこの男。
 大佐の為に死ぬだろう。
 奥さんの為に、お子さんの為に生きるだろうけれど。
 どちらかを選べと強制されたなら、どちらも選ぼうとして、なせなかったのなら。
 ただ、未練も後悔もなく大佐の為に死ぬだろう。
 俺と、一緒だ。

 んで?と先を促そうとした先に、店員がビールを持ってきた。
 泡の肌理が細かくて実に美味そうだ。
 中佐もそう思ったのだろう。
 ジョッキを手にする。
 「ここのビールは旨いぜ?ロイもお気に入りだ」
 「……中佐の店選び基準って、やっぱ、大佐なんですね」
 「特に東方じゃあ、ロイぐらいとしか飲まねーし」
 「俺等も喜んでご一緒しますけど?」
 「ははは。ロイと一緒なら財布の心配もいらねーしな。ほいっつ。乾杯っと」
 「何に、乾杯です?」
 そこで、中佐は実に腹黒そうに笑った。
 「お前さんと俺の、初めての共同作業に」
 「うわー。すんげぇ表現」
 でも、ま。
 まさしくそうなるんだろうな。
 中佐の選んだ料理は、実に大佐好みのセレクトではあったけれど、俺の口にも良く合った。
 この人って、本当。




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