愛情に飢えていたせいもあるし、ヒューズしか知らなかったから。
今でも、もっと欲しがってくれてもいいのにと思っても、重いとは。
決して。
「どんなにお前を愛してたって、世間体ってもんがあるだろうが。俺が結婚して子供まで
作ってるからお前。俺との関係を誰にも疑われないんだぜ」
「……元々が友人、だろう?疑われるはずもないさ。最初に履き違えていた私が悪かった
と思っているけれど。それは私に新しい恋人が出来ても邪魔されねばならない程の事
なのか?」
「ろいぃ」
「私がお前だけの物だったのは過去。私がお前だけを愛していたのも過去。私とお前は今、
親友で。私の恋人はジャン・ハボック。ただ一人。いい加減に、解ってくれ」
グレイシアに邪険にされて、私で憂さを晴らしたいというのなら別にいい。
そこにSEXが持ち込まれるのも構わない。
どうせ吐き出すだけの、情すら伴わないプレイだ。
私にとっては、友人の愚痴聞きの一環に過ぎない。
ハボックにばれさえしなければ、それで。
「解るかよ!何であんなガキにお前を取られなきゃならないんだ?」
「……同じ言葉を返そうか?何で私はあんな女にお前を取られなきゃならなかったんだ?」
ぱしっつ!
容赦ない平手打ちの音が響き渡る。
この強さでは頬が腫れてしまう。
ハボックは無論、リザも慰めなくてはならない。
「グレイシアをあんな女呼ばわりするな!お前でも許さんぞっつ!」
「ならばお前こそ、ハボックをガキ呼ばわりするな。お前よりも余程大人だ。奴は万が一私が
手を離しても、こんなにしつこく絡んでこないだろうからなっつ!」
「おまえっつ」
「もう、お前の勘違い100%の執着にはうんざりなんだ。いい加減飽きろよ。私をダシにして
ハボックで遊ぶのを」
ダシにされる私自身は別にいいのだ。
所詮出がらしだし、いい味など出ないし、出さない。
でもハボックは、私を価値ある物のように扱う。
だから、ヒューズが過激に反応するのだ。
……ハボックに、私を虫けらのように扱えと言っても、無理な話だし、な。
「……わんこで遊んでる訳じゃ、ねぇ。俺に動物愛護の精神はないからな」
「知ってる。お前のやっていることは虐待だ」
「まぜっかえすな!人の話を聞けよ!」
「聞いているだろう?仕事もせずに」
ハボックにさえ手を出さなければ、別にいいのだと。
何度言えばこいつは理解するのか。
……もしかして、話すだけ無駄なのかな。
士官学校の頃は、まだ。
ちゃんと話が出来たって、思うんだけど。
私が思い出を美化しているだけ、なのかな。
友人として、なら本当に。
繋がっていてもいいという、曖昧な態度がこいつを付け上がらせているのだろうか。
「俺がわんこに、手ぇ出さなくなったら。お前、わんこと切れる?」
「切れないよ。奴が私を捨てても、私は奴を捨てない」
「じゃあ、俺は奴がお前を手放すように仕向ければいいのか……」
「無駄だと思うぞ」
「やってみなければわからないさ」
「……人の話。聞かないのは相変わらずだけど。まさか馬鹿になったとは思わなかったよ、
マース」
ハボックが、私を手離すわけがないだろうが。
お前のどんな言葉より、私を信じていなさいという、私の呪文に奴は永遠に呪縛された
まま。
「俺が、馬鹿だって?」
「馬鹿だろう。奴の私の執着がどれ程のものか、理解しようともしない」
「俺の方がお前を愛してるっつ!絶対っつ!」
「……お前の愛か。好きな相手の嫌がる事をし続けるのが、お前の愛なんだな」
「ああ?」
「そんな愛はいらない。いらないんだ」
もう、いいか。
奴の全てを切り捨てても。
ここまで嫌な目にあえば、過去の私の罪も十分贖えたろう?
「私はハボックの愛だけで十分。奴以外の愛はいらない。欠片も。どんな形であろうとも。
愛と名のつくもの全て」
「ロイっつ!貴様っつ!」
は、終いには貴様呼ばわりだ。
「お前だけを愛して、結婚してでも尚。繋がっていたいと思った私は、もうどこにもいないんだ」
「だって、お前。ハボックとした後だって。俺としたじゃん」
「そうしなければ、貴様。ハボックを苛めるだろう……ま。しても苛めたから、するだけ無駄
だった訳だがな」
「言うなよ、無駄だなんて」
俺と、するのが、無駄だなんて、と。
珍しく落ち込んだ風情で、一人ぶつぶつと呟いている。
さすがに、私にここまで否定されてショックだったのだろうか。
……まさかな。
「俺との関係が無駄、だ。何て、言うな」
「言うさ。幾らでも。お前が親友として、友人として域を出るのならば飽きもせずに繰り替えし
てやるよ」
「ロイっつ!」
「……まだ、続けるのか?」
溜息をつきながら肩を竦めた私を見て、ヒューズは不意に、にやぁっと笑った。
奴が何かを企む時の、碌でもない。
嫌な、笑い。
「……そっか。ずっとして、なかったから。拗ねてるんだな?そう、なんだよな?」
「本当に、何を言っても、駄目なんだな」
もぅ。
お前と友情を育むのすら、許されないんだな?
「すぐ、してやるから。俺を悲しませる事なんか、言うな」
一歩近付くヒューズに、一歩後ずさる私。
縮まない距離に剛を煮やしたヒューズが、一気に距離を縮めようとした。
その時。
私は装備していた発火布を、奴の目の前で擦った。
「ロイ!」
奴の目が、大きく見開かれる。
私が過去。
とても愛した、鮮やかな翠色の瞳が、転げ落ちそうだった。