「眠れ、ヒューズ」
私は、ヒューズを取り巻く酸素の濃度を一気に引き下げた。
「つ!?あ……ろ、い……ろぉ……ぃ…」
呼ぶ声が。
優しくて、自然と涙が零れ落ちる。
ヒューズにどう思われても、私はやっぱりこいつが大切なのだ。
「ど、う、して……ロ、イ……」
決して私の真意が通じないのだとしても。
それでも、まだ。
「次に、貴様が何かしでかしたら、グレイシアに全てをぶちまけるから、そのつもりで」
涙で掠れた声は、奴に届いたのだろうか。
ヒューズの閉じた瞼の端から、涙が一筋伝った。
私は、深呼吸を何度か繰り返して、中尉を呼び出した。
隣室に控えてくれていたのだろう。
三秒とかからず、ドアが勢い良く開く。
「っつ!」
「殺してはいないよ?」
中尉が余りに驚いたので、そう告げた。
「当たり前です!」
しかし、中尉はそこに驚いた訳ではないようだった。
「……もう、宜しいんですね?」
何が、と問い返すまでもない。
ヒューズを切って捨てた事実を再確認する中尉に、ゆっくりと。
しかし、大きく頷いた。
「わかりました。目が覚めたら、私が上手く言いくるめて中央へ送り返します……大佐は、
ハボック少尉を拾って、早退して下さい」
「書類は、いいのかね?」
「私もそこまでは、鬼でもありませんよ。しかし、明日は早出で一日書類の攻略です」
「了解した」
歪んでいただろうが、何とか微笑みらしきものを浮かべれば、目に見えて中尉がほっとして
いる。
私は余程、酷い顔をしていたのだろう。
「では、すまないが後を頼む」
「アイ、サー」
ぴしりと敬礼をした中尉は、確かに。
肩の荷を降ろしたように、安堵の微笑を浮かべていた。
のっぺらのっぺらとハボが居るはずの、資料室へ向かう。
余程リラックスした風情に見えたのだろうか。
普段は、緊張の余り挨拶も上擦る新兵達までもが、気安く声をかけてきた。
丁寧に答えていたら、これまた、随分時間を食ってしまっている。
ハボがヤキモキ通り越して、呆然としながら待っているに違いない。
「はぼー」
ほとんど私専用になっている資料室に入るのは、気がつけば私の側近のみ。
この中にもハボしかいないだろうという、気楽さから、ノックもせずに入ってゆく。
と。
一歩足を踏み入れた途端、抱きすくめられた。
それはもう、電光石火の早業で伸びた器用な指先が、完全な施錠をする。
「はぼ、苦しい」
言ってみるが、奴の拘束は全く緩まない。
どころかぎゅうぎゅうと、締め付けは酷くなる一報だ。
言う事の聞かない駄犬め!と普段なら怒る所なのだが、あんまりにも必死なので、苦笑しか
浮かばない。
私がヒューズの手によって傷付けられているに違いないと、思い込んでいる奴は、何も出来
ない自分がはがゆくて、よく。
こんな行動に出る。
「今まで、心配させて悪かったな。もう、大丈夫だ」
「……たいさ?」
「そんな可愛い声を出すな。ここで慰めたくなるだろう」
首を後ろに引いて、頬に唇を寄せればそのまま、無茶な体勢で散々、唇を貪られた。
「んっつ、んっつ」
苦しさに自然、涙が浮ぶ段になって、ようやっとキスから開放された。
はぁっと息をつけば、眦に溜まっていた涙を啜られる。
「もう、な。引導を渡した」
「え?」
「これ以上、友人としての域を出る事をするなら、お前に酷く当たるなら……グレイシアに
全てを打ち明けると言った」
「ロイさん!」
SEXの最中にしか呼ばない呼び方で叫ばれた。
余程、驚いたらしい。
「もう、な。奴を友人とも思わない」
「いいんです?」
「少し……いや、だいぶ……すごく……悲しい」
笑おうとした顔はこわばって、代わりに涙が伝った。
「長く私は、奴が大好きだったから。今でもどこか、昔のようになれないかなと、願う自分も
いる」
「ええ。わかりますよ。あん人はアンタのたった一人の親友でしたもんね」
伝い落ちる涙を何度でも舌先で、唇で拭いながら、ハボックは私の背中や頭を撫ぜ続ける。
「でも、私の曖昧な態度が奴を付け上がらせているんだろう。毅然とした態度を取るさ……
それが、きっと。奴のためでもある。何より、お前が大事だ」
「……俺は、耐えられるよ?大丈夫だよ?」
「私が、嫌なんだ。それにあれだ。親友がいなくとも、生涯を共にしてくれる恋人がいるんだ
……寂しくも、つらくもないさ」
「ずっと、ずうっと大事にしますから」
「ああ」
何時の間にか、正面から抱きすくめられている。
香る煙草の匂いが、堪らなくいとおしかった。
「……中尉が、早退していいと言ってくれた」
「本当っスか」
「明日は山盛り書類の攻略になるだろうが」
「手伝います」
「うん、頼むよ」
まだ少し、奴の腕に包まれていたかったが、ここでは拙い。
「だから、今日はもう帰ろうな」
家に帰って、ゆっくりじっくり愛し合おう。
「はい……ねぇ、大佐」
「なんだ」
ひょいと抱き上げられて、一緒に立ち上がる。
「帰ったら、いっぱいしましょうね?」
誰も聞く者など居ないのに、耳元でこそこそと囁かれた。
何時もなら、これまた駄犬が!
と返すところなのだが。
今日は。
今日だけは。
「ああ、いっぱいしような」
素直にそう、答えて。
蕩けきってしまった奴の唇に、軽いキスを贈った。
END
*本当に痛いのは実は、ヒュったんだったというお話。
ごめんね、ヒュったん。大好きキャラなのですが、どーにも時々無性に酷い目に
合わせたくなってしまいます。
この続編を書いたら、それはもう危険なヒュったんだらけになると思いますよ。
2008/03/03 完結