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 「……失礼致します」
 ヒューズの言葉に返事もせず、中尉はドアを閉める音も荒々しく出て行ってしまった。
 「おお、怖い。お前、あんましリザちゃん怒らすんじゃないよ」
 「怒った彼女は綺麗だからね。確かに、時々わざと怒られるような事をしてる自覚もあるさ
  ……しかし今回は、お前に対して怒っているんだよ、ヒューズ」
 「何で?」
 「お前が来た事によって、私のスケジュールが滅茶苦茶になるから」
 「んな事ぁねーだろう。俺の手にかかればお前さんは、馬車馬の如く働くもんな」
 髪の毛を、くしゃくしゃと撫ぜられる。
 親友にするというよりはやはり、子供とかペットとかにする仕草に近い。
 私はそれを手の甲で制して、首を引く。
 「で。何をそんなに荒れてるんだ?中央のグチや家庭内の不和じゃないだろう」
 「愚痴も不和もねーよ!……っつーかワンコはどこ行った」
 「資料室に、資料を取りに行かせてる。かなりの量だからな。半日仕事だろうさ」
 「へぇ?逃がしたんだ」
 「今回のように情報が流れてくればな。そうする。余計なトラブルは御免だし。何より奴が嫌な
 思いをするのは避けたい」
 「……甘やかしてるよなぁ。俺の時とは大違い」
 「お前には、甘えるばかりだったからな。反省したんだ」
 嫌な展開になってきたので、ペンを走らせるスピードを上げる。
 しかし、ヒューズはその程度の事では、自分の行動を変えたりはしなかった。
 「ペンを止めて、顔を上げろ。俺の事も甘やかせよ?」
 「それは、俺がすべき事じゃない。グレイシアならお前を好きなだけ、甘やかしてくれるだろう」
 「ペンを置け、ロイ。俺はお前に、甘やかされたいんだ!」
 私は仕方なくペンを置いて、見下ろしてくるヒューズを見上げて、ゆっくりと言葉を綴る。
 「私に、甘やかされたいって?何だ、こんな所で銜えろとでも?」
 「ロイっつ!」
 「そういう事だろう?違うのなら、具体的に言えばいい。私の為、親友をやってくれているお前
  に、私にできる事なら何でもするさ。だから……」
 「少尉には、手を出すなってか!」
 「その通り。奴には何もするな。私と違って、お前とも違って傷つき易い奴だから」
 昨日だって夢に見るまで不安がっていた。
 私は本当に、ある意味でヒューズを切って捨てているから、ヒューズが私を真の意味で傷つ
ける事など出来やしないのに。
 杞憂だと、今夜もベッドで心行くまで宥めてやらねばなるまい。
 
 「……俺だって傷付きやすいんだぜ?」
 「……私も傷付き易かったよ。お前に鍛えられたから、随分打たれ強くはなったけどな」
 「俺、お前の事は格別に大事にしてきたし、大事にしてるつもりだけどな」
 「お前の愛情表現は、私の好みには合わない。ハボックのような……」
 最後まで言い切る前にいきなり、がっとシャツと上着の襟元ごと首根っこを掴まれる。
 私がハボックという優しくて大切な存在を手に入れたと、ヒューズに気づかれたその瞬間から。
 少し、ヒューズの手による私の扱いが、穏やかになった気もしないではない。
 昔だったら、こんな風に。
 他の男に限らず、ヒューズ以外の大切な存在を示唆した途端、蹴り飛ばされて床に転がる
羽目になっていたから。
 「…俺にお前の犬になれってかぁ?」
 「何時、私がそんな事を言った?昔ならいざ知らず。私が今のお前に望むのは世間一般で
 言う友人……親友としての交接のみだ」
 私に至らない部分も多かった。
 甘え過ぎていた自覚もある。
 だからこそ、ロイ・マスタングの親友という立場にしておいて便宜を測るつもりだったのだ。
 奴ほど今の職場の配属が、性にあっている奴もいまい。
 煙たがられる事の多い私だが大半の輩は、その実力に関しては渋々納得している。
 軍法会議所のマース・ヒューズといえば、切れ者で通っているが、その次には必ずこういう風
に表現もされているはずだ。
 ああ、あのロイ・マスタングの親友か、と。
 私よりずうっと人当たりも良い奴が、私を盾にも隠れ蓑にもして上手に出世街道を歩めるよう
にと。
 そんな風に思って久しいというのに。
 こいつは合いも変わらず、私をペット扱いだ。
 「……それにな。ヒューズ。お前の私に対する扱いはペットそのものだろう?自分の都合で
 愛情を押し付けて、振り回して。更には機嫌が悪い時は暴力を奮う」
 自分がペットのように扱われたと怒っても、仮にも親友と言われている私をペット扱いして
いる事に気がつきもしない。
 「暴力なんか奮った事ねぇだろう」
 「……望まぬSEXは暴力だよ」
 「何時だって欲しがってた!」
 「……ハボックが、私を抱くまではな……」
 「……」
 実は、ハボックが悲しむから告げてはいないが、別れを切り出された後。正確にはハボッ
クと関係があるのだと知られてから何度か。
 ヒューズに抱かれた事もある。
 ハボックが現われて、私がヒューズに間違っても溺れないと。
 家庭を壊さずに都合よく、慰めだけをくれるのだろうと。
 微塵も疑わなかったあいつは。
 私を酷く、扱った。
 こういうのが、好きだったよな、と馬乗りになって髪の毛を引っ張りながら、がんがんと
容赦なく攻め立てられた私は、次の日。
 仕事を休まねばならなかった。
 心配して見舞いに来てくれたハボックの抱擁とキスを、熱が高いからなと、断わらねばなら
なかった時は、しみじみやってられないな、と思って。
 こんな風にヒューズとの関係を、少し正す気にもなったのだ。
 「私はいいさ。お前から、もう何をされても傷なぞつかない。だけど、重ねて言う。ハボック
  には手を出すな!」
 さすがに、ハボックをSEXの相手にするな!という意味ではないが、ヒューズの一見親しげ
に見える陰湿嫌がらせは、ハボックに取って、例えば犯されるよりもきついだろう。
 「ロイっつ!」
 ヒューズの指先から力が抜けて、呼吸が楽になる。
 ほっとしたと思ったら、今度は真正面からぎしぎし骨が鳴り、呼吸までも苦しくなる激しさで
抱き締められた。
 「俺とハボックとどっちが大事なんだよ!」
 「!」
 思わずあんまりの馬鹿な発言に絶句した。
 あれだけ人に、ハボックに嫌な思いをさせておいて。
 それでも私は、ハボックよりヒューズを、大事にしなければならなかったというのか?
 「お前は俺の物だろう?俺だけの物だろう?違うのかよっつ!」
 「切り捨てたのは、お前の方じゃないか」
 「……そりゃお前。誰だって好きな相手が重いと思う時があるだろう!」
 ハボックの愛情が重いと、私は思った事がない。
                       
  


                                         
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