前のページへメニューに戻る




 ハボックが居たから、側に居てくれるから、そうやって奴の事を穏やかに考えられるように
なった。
 切られた当初は、殺してやろうかと、真剣に思ったほど盲目的な状態だったというのに。
 我ながら単純な事だ。
 「……確かに、大切には思っているかもしれない。でもそれはペットに対するようなモノだよ?
  貴方に、こんな酷い物言いはしたくなかったけれど」

 「……大丈夫。知っているから」
 散々手酷く捨てておきながら、私に、ハボックという恋人が出来た途端。
 ヒューズは私を甘やかすようになった。
 ハボックの目の前で、キスまでを仕掛けてくる。
 濃厚な、過去の関係を思わせるようなキスに、ハボックの顔が蒼白になるのを、ヒューズは楽
しそうに眺めるのだ。
 新しい、玩具を見つけた子供と同じ眼差しは、とかく私を萎えさせる。
 私をペット扱いするのは構わないが、ハボックの心を弄ぶのはやめて欲しい。
 捩子くれ切った私と違って、傷つき易い純粋な奴なのだ。
 「知ってるって、大佐ぁ」
 「いいんだ。奴にとって私は下の下の存在で良い。出世の道具に使われる程度の、親友で
  十分なんだよ。下手に奴を刺激してみろ……お前に何をされるかわからない」
 それが、何より怖い。
 奴は人を傷つける策略が得意で大好きなのだ。
 長く近くにいた私は、身を以って良く知っている。
 「俺は何、されてもいいよ?アンタがそれで傷つかないなら、耐えられるよ?」
 「今、私を直接傷付けるのは得策じゃない。もう、私は奴にいたぶられて音を上げる時期は
  過ぎてしまったから」
 抱擁がきつくなった。
 まるで、目に見えない奴の悪意から私を包み隠すような、抱擁だった。
 「ハボック。お前が傷付くのが一番辛いんだ」
 顎を甘く噛んで口付ける。
 「だから、奴を相手にするんじゃない。奴が私を構うような時は、誰かを呼びつけたり。逃げ出
  したりするんだ」
 「でも!」
 「言っただろう?奴は私の手の内を知り尽くしていた。でもそれは、奴を愛していた私であって、
  奴を愛していない私の手の内ではない。だから大丈夫だ。私も上手く逃げるよ。奴は逃げる
  人間まで追わないから」
 「……俺を追わなくても、大佐のことだけは追う気がします」
 「例え、追ったとしても。短な間だよ。その内飽きるだろうさ」
 興味が多岐に渡る奴だし、基本的にとても器用な奴だ。
 一通り攻略してしまったら飽きるはずだ。
 私やハボックを掻き回ぜて、遊ぶ事にも。
 「いいな。ハボック」
 「嫌な、予感がするんス。俺のこーゆー予感は当たるんですよ!」
 「私は大丈夫。お前が私を愛して、信じてさえいてくれれば、大丈夫だ。だから、何があっても
  私を信じるんだ」
 最悪、奴に犯されるような事が合っても、ハボックがいてくれると思えば犬に噛まれたと流せ
もする。
 「お前が、私を守って何でもできるように。私も同じ事が出来るんだよ」
 「……アンタが傷付けられたら。今度傷付けられたら……俺、あの人、殺すかもしれない」
 「それは、私の役目だ。もし、殺すなら私がする」
 もう、殺すほどの執着も失せたけれど。
 ハボックに手を汚させる訳にはいかない。
 「……あん人と、二人っきりにならんで下さいね」
 「なっても大丈夫。奴が危惧するシチュエーションなんて、山ほど頭に入ってる」
 例え、どれほど私とハボックの仲をかき混ぜようとしても、所詮それは遊びでしかない。
 グレイシアやエリシア、また奴の上官達に自分がやっているあれこれを暴露されるのは、
冗談でもないのだ。
 「いざとなれば、切れるカードは私の方が多い。最悪。軍を出てクーデターかな?」
 「……そこまで考えるんスか」
 「お前があんまり心配するから」
 「ちょっとだけ、気が抜けました」
 「うん。それでいい。明日も早いから、もう寝ような」
 「抱っこ、したまんまで良いです?」
 「勿論だ。お前の心臓の音を聞けば悪夢も飛ぶ。お前もそうだろう」
 こくこくと頷く、イトオシイ男。
 こいつを守る為なら、私は何でもするだろう。
 「おやすみ、はぼ」
 「おやすみ、ろい」
 私は奴の額に、奴は私の首筋に唇を寄せてから、眠りに付く。

 悪夢は、見なかった。
 奴も、再び魘される事はなかった。

 「よぉ!ロイ」
 ノックもせずに、私の執務室にどかどかと入ってきたヒューズは、親しい人間にしかわからな
い不機嫌さを纏っている。
 「ヒューズ中佐!大佐は今書類攻略中なんです!勝手に入られては困ります!」
 あんまりにも書類を溜め過ぎたので、自分の執務室で中尉に監禁されていた所だったのだ。
 「心配するなってリザちゃん。俺が全部綺麗にやらせっからよ?」
 「……普段の中佐にでしたら丸投げも致しますが、そんなに不機嫌な貴方を大佐に近寄ら
  せたくはありません」
 奴の眉毛が一瞬、派手に跳ね上がる。
 「不機嫌なんてなぁ。ロイを構えば落ち着くさ?それから書類を片付けさせたって間に合うだ
  ろう。まさかリザちゃん。本気になったロイの仕事攻略スピードを信用してないんじゃないだ
  ろうに。まー最悪。俺も手伝うから」
 「でも!」
 仕事の進行を何よりも優先する風に見せかけて、私の安定を一番大切にする中尉は、今の
ヒューズに余程不穏なものを感じているのだろう。
 珍しく必死に食い下がっている。
 「……大丈夫だよ。ホークアイ中尉。仕事はちゃんと終らせる」
 「ですが、大佐……」
 「心配しなくていいよ、リザ。何かあったら君を呼ぶから」
 にっこりと笑んでみせる。
 ハボックよりもヒューズを良く知る中尉は、不承不承頷いた。
 自分がヒューズをこれ以上怒らせると、害が私に及ぶと勘付いたからだ。
 「……わかりました。一時間後には進行状況を伺いに来ます」
 「二時間後に、してくれないかな?リザちゃん」
 しれっと訂正をしてくるヒューズへきつい視線をくれた中尉は、それでも私の宥める視線に気
がついて、不承不承頷いた。
 「では、二時間後に」
 「んなに、心配するなって。俺がちゃんとにやらせるからさ」
                           



                                         
           前のページへメニューに戻る
                                             
                                             ホームに戻る