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 さすがに、着替えながら煙草を吸うほど器用な奴でもない。
 ましてそれが、新品の制服ならば。
 焼け焦げでもつけたら、もったいないと、そんな理由で。
 手を伸ばしてハンガーを取ろうとすれば、ハボック指先が一足早く、ハンガーに届く。
 「はい、どうぞ」
 とベッドの上、一式が乗せられる。
 「ん」
 私は頷いて、バスローブを絨毯の上に滑り落とした。
 一人で居る時は、さすがに無いが、ハボックがいる時は、下着をつけないでバスローブの
まま一日過ごすことが増えたと思う。
 単純に必要のない日が多いからだが、素肌でハボックにくっ付いて眠るの気持ち良い。
 奴が側で眠ってさえいれば、魘されるケースは格段に落ちるのも、それだけ私が奴を信用
しているからだろう。
 嵌っているな、という自覚はある。
 嵌りすぎているな、という危惧もある。
 それでも、手放さないと決めた。

 「何だ?」
 目線を感じて後ろを振り返る。
 「いやーあんまりにも、イイ脱ぎっぷりでしたんでね。息子が元気になっちまってもう」
 えいえいって叩いても、なーんにも意味ないんじゃないのか?
 なぁ、ハボック。
 「ちゃちゃっと抜いてやりたいがなぁ」
 「ちゃちゃっとの時間もないんスよねぇ」
 心底残念そうな声音に釣られて、真っ白ボクサーパンツの上から形に添って指先を滑らせ
てみた。
 びくびくっと反応したそれは、一段と大きくなる。
 「たーいさ?そこまでが限界。ストップ!はーいストップですよ」
 ひょいっと腰が引かれて、すちゃっとばかりに素早くズボンが引き上げられる。
 ナニのせいでファスナーに苦心しているのがおかしかった。
 「いいんですか?のんびり俺の支度を見てる時間は……」
 「…なかったな」
 でもまぁ、そこは私も軍人。
 気を引き締めれば、我ながら鮮やかなスピードで以って服を着られる。
 懐かしい士官学校時代で鍛えられ、思い出したくもないイシュヴァールで磨かれた技。
 ハボックと違ってアンダーシャツを着る習慣のない私は、素肌にワイシャツを着る。
 コットン100%で仕立てられた物なので、素肌にも心地良いし吸汗率も良い。
 「大佐ぁ」
 「ん?」
 ボタンを止めながら返事をする。
 きちんとボタンを見ていないと、急いでいる時ほど掛け違えてしまうのは内緒だ。
 「最初にパンツ履きませんかねぇ?目の毒なんスよ。しみじみと」
 「人がナニを一番に着ようが、勝手だろうが」
 「だってねぇ?男の萌じゃないですか。素肌ワイシャツに、下すっぽんぽんてーのは。しかも
  ワイシャツが俺のだった日には、もー押し倒しちゃいますよ」
 「ふん。私はだぶだぶワイシャツの方が萌えるがな」
 華奢な身体の女性が男性物のシャツを着て、手の甲が隠れるくらいに長い袖を、たくし上げ
る仕草は良い。
 「あーそれも萌ですね。後は、その格好で靴下だけ履いてるってのも良いです」
 「それなら、してやれるか」
 新品の靴下は、昨日ハボックがタグを取ってくれている。
 足を入れるだけで、いい。
 するすると両足を差し入れて、膝下辺りまで引き上げる。
 「どうだ?」
 「……しんぼー堪らんです」
 確かに鼻息が荒い。
 「ほんと、お前。そんなトコは素直だな」
 「俺は何に対してでも素直ですよ?」
 ズボンを引き上げたハボックは、真っ黒い半袖のアンダーシャツを着ている。
 長い裾を仕舞い込む間にも、未だ元気なナニが邪魔をしているようだ。
 胸の筋肉の隆起が格好良いぞ!なんて、言ってなんかやらない。
 黒いアンダーシャツは奴の胸にぴたりと張り付いて、私はさておき、その筋の男性達に賞賛
されそうな勢いだった。
 「んもう。んなに、美味しそうな目で見ないで下さいよ」
 「そのまま返してやる。食い尽くさんばかりの目でみるな」
 ボタンをはめ終えて、ズボンを履く。
 どこかに腰掛けた方が履きやすいので、ベッドに腰掛ける。
 そういえばハボックは、立ったままで履くのが上手かったな。
 
 私も戦場時に至っては、随分と早脱ぎ早着を鍛えられたものだが、今はすっかり駄目駄目
だ。
 立ったまま慌ててズボンを履いた日には、途中までずり上げた状態で転げるに決まってい
る。
 …我ながら間抜けな話だよ。
 今は焦らなくてはといっても、一分一秒に気を取られるほどでもない。
 ベッドに座った私は、ズボンに足を入れて太ももの辺りまで持ち上げると、こてんと横になり、
よっこらせっと掛け声は胸の内で、ズボンを装着した。
 ふと見上げれば、ハボックの顔が自分の顔のすぐ側にある。
 何だ?と尋ねる間もなく、口付けが唇の上に降りてきた。
 よせ!と眉根を寄せてやれば、まぁまぁと耳朶の裏が擽られる。
 くちゅん、ちゅ、ちゅぷっと、着替えの最中にすべきではないだろう、ディープなキスを交わし
た。
 すっと離れた唇は、離れ間際にもう一度、ちょんと触れて逃げる。
 「お前なぁ」
 ベルトを探す手の上に、はい、と手渡されて、ん、と頷きながら通した。
 無論寝転がったままで。
 「何です」
 今度は手首を掴まれて、腰を支えられ、抱き起こされる。
 「困るだろうが」
 「キスです?」
 「それ以外に何がある」
 ぱんぱんとハボックの大きな手が、ズボンからワイシャツからを叩いて寄越す。
 これで寝転がった際についた皺は、完全に消えてしまうから不思議なものだ。
 「だって、アンタ、しみじみ可愛いんですもん」
 「格好良いと言え、格好良いと!」
 「寝転がって、ズボンを履くトコ見たら、格好良いとはねぇ」
 「……それも、そうか」
 「そうっスよ……ほい、上着着せますから。後ろ向いて下さい」
 上着くらい自分で着れるんだがなぁと思いつつ、こんな風に私に終始触れていたいハボックの
欲求を満たしてやるべく、大人しく後ろを向いて腕を突き出す。
 右、左と順番に、丁寧に腕が通される。
 肘の辺りまで引き上げられて、腕の角度を変えれば、今度は一気に肩までかけられた。




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