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 「あーね。準備万端で待ってそうですよね、中佐」
 「……妬いてるのか、そんな顔をして」
 付き合うまでは淡白な性質だと疑わなかったが、いざ付き合ってみるとなかなかに独占欲
が強いハボックだ。
 特に、過去肉体関係があり、今でも唯一の親友という立場のヒューズに対しては、頻繁に
牙を向いて。
 私に怒られては、しょげる。
 「別にー妬いてなんかいませんよーだ」
 「ま。お前がそう言うのなら別にいいぞ?私はお前に妬かれるの嫌いじゃないしな」

 上手く立ち回っていても、重箱の隅を突付くような女性の嫉妬にはうんざりした。
 何だか凄く、生臭い、気がして。
 やっている事は、ハボックの方が余程幼い気もしないでもないが、満更ではない、自分
がいる。
 なんていうかこう。
 愛されているんだなぁ。
 とか思ってしまう爛れ加減。
 ハボックが私に甘いのは、勿論デフォルトだが。
 実は、私も奴に甘い。
 奴的には、もっと甘やかして下さいよ!という所らしいが。
 私としては、これ以上溺れさせてくれるな!と反論したい。
 ……中々、口に出して言えるセリフではないのだけれども。
 「過去に拘るのは器量が狭い証拠だとは思いますがね。中佐とは現在進行形でしょ?」
 「?過去には寝たが。今は所謂親友だぞ?」
 「……わかってますから落ち込むようなセリフを吐かんで下さいよ。俺が言いたいのは、過去
  も今も未来も、中佐が特別だって事っス」
 「今も、未来もお前は私の恋人なんだろう?これ以上はない特別だと思うがなー」
 肉体関係と伴わない、情には憧れる気持ちは良くわかる。
 私は、それをヒューズと実行せしめたので満たされているが、ハボックは違う。
 もし、ハボックがヒューズのような存在を見つけたらきっと、今のハボックよりも拗ねる私がい
るだろう。
 「それとも、アレか。ヒューズのように肉体関係を経た、親友って奴になってみるか?」
 「御免コウムリマス」
 「まーお前と親友っていうのは難しいよな。むしろ飼い主とペットな感じで」
 「……朝っぱらから、落ち込むような事、言わんで下さいよぅ」
 あ、目が潤んでる。
 何もそこまで落ち込むこともないだろうに。
 「ほら、あーんしてやるから。機嫌を直せ」
 星型に抜かれた人参をホークに突き刺して、ハボックの口の前に差し出す。
 人参は、私もハボックも好きな食材だ。
 「……あーんて。中佐にもしますよね?」
 「馬鹿。あいつには強要されなきゃしない」
 私の言葉の意味をしばし考えて、更には記憶をなぞって後。
 へららっと、笑った。
 「大佐が、自分から『あーん』してくれるのは、俺だけなんスね」
 「そういう事だ」
 「へへ。嬉しいです」
 これで機嫌が直るのだから、全く安いものだ。
 んあ!と大口を開けたハボックの舌の上に人参を乗せる。
 舌でくるっと人参を掴んだのを見計らってフォークを引き抜いた。
 もくもく咀嚼するハボックは、実に満足そうな風情で。
 私まで、嬉しくなってしまった。
 
 こいつの笑顔は、何だか満たされて困る。

 二人、黙って。
 けれど傍から見れば、恐らくピンク色のオーラを発しながらの食事が終了したのは、それから
十分後。
 軍人の食事は基本的に早いが、中でも朝食は典型的だ。

 かちゃかちゃと食器を台所へ運ぶハボックの姿を見計らってから、着替えの為、寝室へ戻る。

 そこには、ハボックがきちんと私の分と自分の分の制服を、並べてハンガーに掛けて置いて
ある。
 軍服のサイズ的には、ワンサイズしか変わらないはずなのに、どうしてこんなに丈が違うの
だろう。
 「長いよなー、絶対」
 腕を組んでしみじみと眺めてしまう。
 頭一つ分は、長いに違いない。
 身長もそんな感じだから、当たり前だと言われればそうなのだが。
 「ナニが、長いんです」
 タオルで手を拭き拭きやって来たハボックは、椅子の上にタオルを投げると私の隣にやって
くる。
 「お前の制服が、私の制服に比べて長いなぁと思ったんだ」
 「そりゃ、まぁ。身長違いますかんね」
 「あ!おい!煙草吸うな。せっかくの新しい制服がヤニ臭くなるだろうが!」
 「……大佐ぁ。何を今更な事言ってるんスかぁ?俺が、どれぐらいこの部屋で煙草吸ってる
  か、知ってるでしょう?」
 情事の後の一服が堪らないのだと言い、寝覚めは一本吸わないと目が覚めないのだと、
あれこれ理由をつけて、数え切れないくらい煙草は吸われている。
 掃除洗濯もマメにできる奴のお陰で、壁が変色したり、カーテンが黄色くなったりなって、
した事はないけれど。
 寝室は、特に。
 ハボックがいなくとも、煙草の匂いが仄かに漂っていた。
 「まぁ、そうだけど」
 「それに、こーやってマーキングしておかないと!」
 「マーキング?」
 「そ。中央のアンタを知らない人間に。この人は俺のものですから、手ぇ出すなよって」
 「……馬鹿が」
 煙草一つで、ましてや男同士。
 そんなにも簡単に、理解するというか勘繰れる奴が、いるか、と思う。
 いたら、いたで困るし、そんな勘の良い奴は、側に引き抜く気満々ではあるが。
 しかし、所謂色事にだけ、勘が良い奴も、いるしなぁ。
 「……そんなに、嫌なんですか、マーキング」
 寂しそうな顔で、灰皿を引き寄せるので。
 「マーキングは、嫌だが。煙草は構わんぞ。よくよく考えれば、お前から煙草を取るなんて、
 私から女性を取るようなものだからな」
 「大佐ぁ」
 「情けない声を出している場合か?」
 「……場合じゃ、ないっスね」
 目の端で、時計を確認したハボックは、着替えの為に煙草を消す。




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