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 今度はいそいそと表に回ってきたハボックが上着のボタンを止める。
 私も止めてやろうかと思った。
 何時もはぎりぎりまでだらしなく開けっ放しだったから、今日もそうだろうと。
 が、今日のハボックは、苦しいからと私が言っても中々したがらない一番上のボタンまでをも
きっちりと締めていた。
 「珍しいな」
 「ナニがです?」
 「お前が一番上のボタンまでしっかり止めているのは」
 「そりゃだって、今日は特別な日じゃないですか」
 「……ま、そうだな」
 中央に返り咲く日。
 大総統閣下には、色々な意味で目をかけられている。
 大半の上官が嘲笑したように、東部行きは左遷ではなかった。
 中央で要職に付く為には、一度どこかの司令部に飛ばされるのが最低条件。
 それを大佐程度の階級で実行されるのは、稀だったというだけの話。
 ま、一番治安が悪い東部に異動となったのは、その力量を試されたのだろう。
 トップが、今は牙を収めているとはいえ、今でも一番の激戦時代と謳われる時期に相手方を
絶対的な力で組していた人間が座っている。
 また、部下に自由な采配を取らせてくれる珍しいタイプの上官でもあったから。
 目をかけられている比率の方が高いのだろう。
 現時点では、まだ。
 あの気まぐれな閣下のことだ、断言はできないけれども。
 「……嬉しいです?」
 「想定内のことだ。特別、どうこうは思わない」
 喜びを露にするのは、私が大総統になったその時の為に、とっておく。
 「でも、少佐と一緒の部になるんですよ」
 ……そこにきたか。
 どうにも、ヒューズが絡むとこいつは無駄に過敏になる。
 嫉妬されるのも嫌いじゃないが、そればかりというのもなぁ。
 「部署は違うだろうが」
 「でもきっと。毎日顔を出すに決まってます!」
 「エリシア嬢の新作写真と共にな」
 ヒューズの存在は格別だ。
 私のような男の、親友なんかをやってのけるのは奴だけだろう。
 昔でこそ体の関係はあったが、今はお互いそこには拘らない。
 あれは、お互いがお互いのみを護る行為でしかなかった。
 無論、とても救われたと思う。
 感謝もしている。
 好きでしょう?と問われれば、大好きだとも答えよう。
 でも。
 愛しては、いなかった。
 私と抱き合っていた時ですら奴にはグレイシアがいた。
 愛、が入り込む隙はどこにもなかった。
 「全く。何度言えばわかる?ヒューズを大好きだし、大切だと思うが。愛してはいないと。
  愛しているのはお前だけだと」
 「……何度でも言って下さい。俺が何時か、不安じゃなくなるまで、ずっと」

 「……愛の言葉を強要するのか?無粋な奴」
 「無粋でも何でも。アンタ肝心な所で言葉を惜しむんですもん」
 図星を刺されて少々足元が覚束無い。
 誰に指摘されても笑って流せるが、こいつに、寂しそうに呟かれると駄目だ。
 大型犬が耳と尻尾を垂らして、しょんぼりしてしまう風情。
 宥めずにはいられないだろう?
 「お前には、惜しんでるつもりはないんだがな……すぐ拗ねる」
 「大佐っつ!」
 「愛しているよ、じゃん」
 「……反則ですよ、それ」
 きゅうと抱き締められて、額に口付け。
 シャツの襟を引っ張って首筋にキスをしそうな気配に、慌てて胸を押す。
 「馬鹿が盛るな!遅刻するだろうが」
 「ちぇえ。残念」
 ちらっと時計を見て、心底悔しそうにするハボックがやっぱり可愛くて、目の淵にキス。
 「ほら、襟章をつけてやるから良い子にしろ」
 「はぁい」
 首を突き出してくるハボックの例元に軍の証である、古来に存在したという海獅子をモチーフ
にした紋章をつけてやる。
 へへへ、と照れるハボックの手には私の紋章が乗っていた。
 「今度は俺の番スね」
 「……ああ」
 同じく襟元に、海獅子の紋章。
 そして国家錬金術師を示す紋章と己の練成陣をモチーフにした徽章がつけられた。
 「うん。格好良いっスよ。どこから見ても中央エリートさんて感じです」
 ついついっと数歩離れて私の全身を眺めたハボックがにやりと笑う。
 「お前はどうみても、中央エリートには見えんな。でもま。特殊部隊特攻隊長ぐらいには見
  えるぞ?」
 「うえー。特攻はよしてくださいよぅ。アンタの為だって嫌っスよ」
 何て言っておきながら、私を守る為ならばこいつは己を捨てかねない。
 自分の命が、私の命と最低限同等だと、これから先何度でも教え込まねばなるまいと何時
も旨の内で誓う。
 「では、行くか」
 「忘れ物はないですね?」
 「お前が全部用意しておいたんだろう、まさかぬかりでもあるのか?」
 「……ないっス。ないっスけどねぇ!」
 はあああああ、と大きな溜息をつくハボックの背中をぽんぽんと叩く。
 「行くぞ?」
 首に張り付く襟元に指を入れて、その感触を馴染ませて、顔を上げる。
 真正面を、向いた。
 「アイサッツ!」
 軍人の見本のように返事を寄越したハボックは、きっと私の背中に向かって敬礼の一つも
しているだろう。
 そんな奴の気配を背中に頼もしく感じながら、私は魑魅魍魎が蠢く中央司令部への、晴れ
がましい一歩を踏み出した。




                                                     END




 *ヒュロイ前提ハボロイお題、初の完結です。時間掛かったなぁ。
  未だ嘗てない、ハボを甘やかすロイしかもラブラブ。
  そんな作品を書いた気がします。
  満足満足♪ 






                                         前のページへメニューに戻る
                                             
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