ロイの瞳が、ただ悲しさを称える。
どこかが捩子くれてしまっても俺の死を悲しむ心は残されているというのか。
「俺が、憎い?」
「以前は、とても憎かった」
「今は?」
「君に、ホムンクルスに殺されてしまったヒューズの存在が悲しいだけだよ…」
「そっか」
「うん」
幼い子供のように、こっくりと頷く。
俺の死を嘆きながらも。
背中から抱き締める俺に、たやすくその身体を預けながらも。
心が俺には、ない。
こんなにも、温かで柔らかな感触が確かに俺の腕の中にあるというのに。
「ほら、ロイちゃん。マースが泣いてるよ。慰めてあげないと」
「…はぁい」
ロイは俺を見ないままで、すいと手馴れた華奢な手を寄越して、くいっと顎を引き付けた。
目だけは伏せられもせずに合わせぬまま、しっとりと唇が塞がれる。
何時だって俺の勃起中枢をダイレクトに刺激する、なんともいえないキスだ。
優しくて、淫蕩で、どこか切ないままに……物悲しい。
以前ならたぶん、涙を吸い取るようにして目の端に唇が届いただろうと思い至って。
初めは触れるだけのキスを、角度を変えて何度か。
舌先でぺろりと己の唇を濡らして、更に触れる程度のキスを繰り返す。
きっと、俺が先を望もうとしなければ、ずっとこんなキスをし続けているのだと思う。
ロイは昔から、ディープな奴よりも、触れ合う程度のコミュニケーションが好きな奴だった。
だけど俺は何時だって生理的な反応から、ロイの身体が熱くなってゆくので、欲しがられて
いる気になって先へと進んでしまうのだ。
今もまたロイの身体は熱く、甘く蕩けてゆく。
その蕩け具合は、男性の身体であった頃の比ではなかった。
狂うしかない肉体というものが存在するのだと、俺は変化したロイの身体を抱き締めて知っ
た。
「んっつ?んっつ」
薄く開かれた唇は、俺の舌先を誘い込む為の罠。
罠に自ら挑んで嵌る俺は、ま、わかりやすい性質なのだろう。
以前なら、あれこれと悩んだものだが、ここでは悩みなんて何の役にも立たない。
ただ悩む自分が、悩みの種になる程度。
根本の自由がないのは、そういう事らしい。
「…ロイちゃん。足、開きな?気持ち良くしてやっから」
「えんヴぃ?」
「んあ?」
「……あんまし、弄らないでね」
「しみじみ…可愛いコト、言うよなぁ」
ふふと笑ったエンヴィーは俺のキスからロイの唇を奪って、熱烈なキスを始める。
唾液が口の両端から滑り落ちる激しさの中、ロイが俺とのキスよりもずっと積極的に応え
るのに、何より腹が立つ。
「ん、あ」
ぐいと引き離せば、名残惜しそうな声。
聞きたくなくて、俺は今度は深くロイの唇を塞ぐ。
「お前さんも大概嫉妬深いよな。ま、いいけど。ロイちゃんの太ももだけは大きく広げさせて
くれよ」
俺は目線だけで合図して、片手でもってロイの太ももを広げるのに協力した。
「ふ、あ?」
羞恥がなくなった訳ではないようだ。
時折、恐ろしく男をそそる過敏な反応をする。
今も、大きく太ももを広げられる淫らな格好に、触れている人間にしかわからない程度、体温
が上がった。
「ありゃ、まだ濡れてないよ。ロイ」
開かれた場所を確認したエンヴィーが、俺をにやにやと見上げながら言う。
「そ、う?」
俺とのキスの息づきの合間、短くロイが返す。
「やっぱりマースがいるからかな?二人でする時は、ちゅうだけでヌレヌレなのにな」
その、一言が言いたかったのだろう。
実に嬉しそうな顔をしていやがる。
「マースと一緒なの嫌だ?」
「や」
「……三人でするのが、嫌なだけじゃねぇの?」
俺と二人っきりでする時も、少なくともキスだけでは濡れないのを口にはせず、かといって
エンヴイーの独壇場にさせるのも癪で二人の会話に割り込む。
その行動がエンヴィーを喜ばせるだけだと、重々承知していても。
「そ、なのかな?」
「んーまぁ。一理あっかもな。ロイたくさんの人間相手にするより二人だけの方が懐いてくる
よな……ギャラリーは多くてもさ」
元々衆人環視に耐える性質だった訳ではない。
ただ余りにも人目に晒されるSEXが多かったから、精神を守る為、耐え切れるようになった
だけで。
本当は、ただ温もりを与え合う、稚拙なくらいの交接を好むのは、壊れてからも変わらない
ように思う。
「随分無茶されてるもんなーロイちゃん」
その筆頭たる存在が、ナニを寝惚けた事を言う。
純粋にアレを入れたがるのは、閣下が一番だと思うが、ロイを長く弄るのはこいつがダントツ
だろうに。
「SEXの数だけなら、あれだよね。普通の人間が生涯通してするだけの数、三回りぐらいした
んじゃね?」
ホムンクルスの精力に限界はない。
欲求も際限がない。
ロイが気絶しても尚、揺さぶられ続けるなんて、日常以下。
ほぼ毎日、身体が開かれている。
人間のままだったのならば、死ねただろうに。
身体を作り変えられてしまったが故に、死という安らぎすらロイには遠い。
「リザ、の為だから」
「そーだな。ロイはリザちゃんの為なら、何でもするんだもんなぁ」
「うん。何でもする。私は、どうなっても、イイ。だから、リザに酷いことしないで、ね」
「しないさ。ロイにするみたい事は、な」
エンヴィーの言葉に嘘はない。
ホムンクルスは、リザちゃんとロイが睦み会うのをこっそり盗み見ても、それを人前でやらせよ
うとはしない。
そうやって、ロイに取っての安らぎを完全には奪わない。
胸糞が悪くなる巧妙な手口だ。
ただ、性的な陵辱をしないというだけで、彼女の身体は常に危険に晒されている。
ロイの不完全だった練成を喜ぶべきが、嘆くべきなのか。