次に、悲しみと怒り。
最後は、諦め。
諦めの色ですら、長くはその瞳に宿っておらず。
元通り、虚無を湛えるまで、時間は掛からなかった。
「あれから、ロイちゃん。人間らしい反応しなくなっちまったもんなぁ」
エンヴィーの言葉を遠くで聞きながら、俺の回想シーンは続く。
ブラッドレイのアレを抜き取られて、黒くて艶やかな長い髪を引っつかまれてたロイは無理矢理、
俺の方を向けさせられた。
『さて、マース・ヒューズ。焔の錬金術師を説得して貰おうか。彼……彼女の部下を誰でもいい
から生き返らせるように』
『誰が、そんなコト!』
『おや?君は私のいうことを利かないんだねぇ』
珍しいもモノを見る目で俺を見たのは、ホムンクルスの頂点に立つ男。
彼によって偽りの生命を与えられたモノは、絶対に逆らえないのだと、後で聞かされた。
『誰の命令でも、俺はロイの利にならないことはしないっつ』
『ふーん。じゃあいいよ……さぁ。焔の錬金術師。目を覚ませ。もう一度マース・ヒューズに
死を与えたいかね』
びくっとロイの瞳に怯えが走る。
『ロイっつ。聞くなっつ。一度死んだ俺だっつ。もう一度死ぬくらいどうってコトないっつ!』
ただ、俺はロイの足手まといに、なりたくはなかった。
宣言の後に、舌を噛み切ろうとした俺を止めたのは、他でもないロイの言葉だった。
『……私を残して、二度も死ぬのか。ヒューズ』
冷え切った声だった。
初めて聞く、声だった。
『それだけは、許さないよ……』
聞きたくは、ない声だった。
『誰を生き返らせれば、良いですか』
『ロイっつ!』
『誰でも良いよ。私は君に扉を開けさせればいいのだから』
『失敗しても、別に構わないということですよね?ならば簡単です。ホークアイ中尉を返し
ます』
俺よりも長い時間、ロイの側にいた金髪の美女。
『彼女ならば、失敗しても私の枷にはならないでしょうから』
ロイは、もう俺を見てはいなかった。
何も、見ていなかった。
結果。
ロイは扉を開けて、ホークアイ中尉を返した。
中尉は生前と変わらぬまま、ロイに仕えている。
今、ロイが唯一心を許す存在で、ロイをこの世に繋ぎ止めている最後の存在でもあるだろう。
ロイしか認識できなくなった、中尉はロイがいないと、その存在意義すらなくなる。
全ての禁忌を失った中尉は、ロイ同様にホムンクルス達に飼われていた。
便利な暗殺要員として、ロイを狂気へ落とさない最後の枷として。
「あーでもあれだ。そっと覗くとリザと二人きりん時は、依然と変わらない気がしないでもない
かな」
「ですね。リザちゃん。ロイが笑ってないと暴走しますもん」
何故、俺の為ではなくて。
中尉の為に生きるのか。
それが許せない俺は、自身の嫉妬を持て余す。
「そろそろロイちゃん、起こさねぇ?久しぶりに甘い身体を堪能したいんだけど」
「……3Pですか?」
「別に。俺はロイちゃんと二人きりでも構わない」
「俺は構います」
人の禁忌を持たず、人の欲望を持たないはずのホムンクルスだが。
人になりたいという欲望が、根底にあるらしく。
時に人を凌駕する人に鳴る瞬間があった。
特に科せられた罪名の二つ名は重い。
エンヴィー兄様の場合は、嫉妬。
俺がロイに寄せる盲目的な愛情にではなくて、盲目な執着そのものに、嫉妬する。
「いいじゃんさ。一人じゃできない攻め方もあるだろう」
「……まぁ、そうですが」
「俺は、ロイの中に入れたい訳じゃなくて、ロイを反応させたいだけだからさ」
命じられて、ホムンクルスの誰かと一緒にロイを抱く時、挿入を果たしたがるのは、ラースこ
とキングブラッドレイ大総統閣下ぐらいなもの。
他のホムンクルスは、狂気と正気の狭間をたゆたって生きているロイの、正気の反応を引き
ずり出すのが、一番の愉悦らしかった。
「そうと決まれば、全は急げってね?ロイちゃーん。おっきして下さい」
ベッドの上で、死んだように眠るロイの身体を容赦なく抱き起こす。
「ロイちゃん?」
鼻先に歯を掠めるようなキスでは、目覚めなくて。
「ほら、起きろってば」
晒した首筋に、きつい歯形をつけられて、やっと覚醒する。
「……えんヴぃー?」
「そ。俺様ですよ」
「なぁに……?」
「ん。久しぶりに、ロイちゃんといちゃいちゃしたいかなーって思ったんだけど」
「わ、かった」
未だ覚醒しきれていないのだろう、それでもエンヴィーが好きな後背位を取って、ゆらゆらと
真っ白い尻を振ってみせる。
何度見ても信じられない媚態ではあるが、全てリザちゃんを生かす為のものだとするなら、
頷けた。
ホムンクルス達は、皆の気に入るようにしないと、リザちゃんを酷い目に合わせるよ?と脅し
続けたのだ。
結果。
お決まりの脅し文句を使わないでも、ロイは上手に媚を売る術を覚えた。
「あー。それもいいけどな。今日はマースも一緒にするから、抱っこの方がいいだろう。ほら、
マース」
ロイ同様選択権がないのは、俺も同じ。
深い溜息をつきながら、ベッドの上に上がる。
きしっと跳ねたスプリングに揺らされたロイは、ぼんやりとエンヴィーを見詰めたまま。
俺を、見ない。
「ロイちゃん?マースが寂しそうだよ?」
「…誰?」
「マース・ヒューズ。ロイの一番大切で何よりイトオシイ男だろうに」
「私の知るヒューズは、随分前に亡くなった……そういえば、エンヴィー。君に殺されたんだっ
たね」