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 酒飲み話


 「あー。酔えねーなぁ」
 真夜中に、ふと久しぶりに酩酊感を味わいたくなって、酒を結構な量かっくらってみたのだが、
酔いは一向にやってこない。
 「……んなに、酒っていいもんなんかよ?」
 「……お前さんなー。人の家に勝手に入ってくるの、ヤメねーか?」
 ほとんど我関せずを貫くホムンクルスの中で、こいつだけが何かと俺に絡んでくる。
 「別に、勝手に入られて困るモンでもないだろう?」
 「困る」
 「何でさ」
 肩を竦める、少年ともいえるホムンクルス。
 何時でも露出の多い服を纏い、これ見よがしの肢体を見せ付ける奴。
 少年嗜好はねー俺だけど。
 見た目は悪くないと思うぜ?
 本人が甚く気に入るのもわからんじゃない。
 「ロイが居るから」
 「あーねぇ」
 苦笑して、やれやれと首を振る。
 「その愛しいロイちゃんだってさ。お父様の力がなければ生きられないんだぜ?」
 「……だから、お父様には見せるさ?」 
 「お兄様にも、見せろよ」
 本来ならば、何事にも執着しないはずのホムンクルスだったけれど。
 この、お兄様は、嫉妬を本質に持つホムンクルスだ。
 だから、俺が大切にするロイに嫉妬する。
 いや、正確にはロイという何にも変えがたい……絶対であるはずのお父様より大切な
……存在を持っている俺に、嫉妬しているのだろう。
 自分では決して持ち得ない感情だから。
 「ごめんですよ、お兄様。まー酒でも飲めるってーんなら、考えますけどね?のろけなが
  ら、見せびらかしてもいいですよ」

 「そんなん、簡単さぁ」
 テーブルの向こう側にどかっと座り、俺のグラスの中身を一気に飲み干した。
 「ほらよ!」
 「情緒、ないなぁ」
 「ホムンクルスに情緒を求めてどうするよ。お前ぐらいだぜ。んなん、求めるの」
 「たぶん、閣下も求めるんじゃないです?……元・人間だったから」
 俺の言葉に、勝気な目の端がくっと持ち上がった。
 何でもでき、不死に近い身体を持つ人工生命体は、何故か人間に憧れる傾向にある。
 口では『人間なんて矮小な存在!』と吐いて捨てるのに、目はその本質を求めて、裏切って
やまない。
 「味、香り、喉越し……そんな物を楽しみながら、つまみもつつきつつ、のんびり楽しむもん
 ですよ」
 「言うけどな、お前。楽しんでいるようには見えないぜ?」
 「はは。お兄様に隠し事は出来ないですよってね……俺の話を聞くつもりがあるのあなら、
 酒はゆっくりお願いしますよ」
 幾つか投げ置いておいたグラスの中。
 大振りのロックグラスを兄と呼ぶホムンクルスの前に差し出す。
 ブランデーを微量注ぎ、炭酸で割る。
 勝ち割り氷を浮かべる際には、例えば巣から落ちた雛鳥をそっと巣に戻すように、ブラン
デー波紋と炭酸の泡を損なわぬ優しさで、静かに。
 「生前も器用な男だったらしいけど。今も十分器用だよな、お前」
 「お褒めに預かって光栄ですよ?」
 「はん!言ってろ……ゆっくり飲めばいいんだな」
 少年とも言える体躯の人間が、酒の入っているグラスを持つ理不尽具合。
 何も俺が罪悪感を感じる必要はないんだがな。
 外見こそ幼いけど、実年齢は俺の年齢に零一つ加えたぐらいなんだろうからさ。
 「イエッサー!兄さん」
 「……お前、兄に向かってもそれか?」
 「死んでも尚、軍人の癖は抜けませんてね。兄というよりは上官?……んな気分なんだ
  よなぁ」
 兄と口にするけれど、親近感はほとんどない。
 ただ漠然と同じ存在になっちまったんだなーとは思うんだが。
 「……。悪くないな」
 「でしょ?閣下から頂いたんですよ。さすがに国のトップ。旨い酒を飲み慣れてるんでしょ
  うね」
 「旨い酒、飲み慣れてるって行ったら、ロイちゃんもそうだろ?」
 エンヴィーが不意に、酒を飲む二人のすぐ近くに設置されたベッドをしゃくる。
 これだけやいのやいのと騒いでも、瞼一つ動かさないロイは深い眠りに沈んだまま。
 「そう、ですね。粗食にも耐えるけど、美酒美食も好きな奴だったから」
 不意につややかな頬に触れたくなって指を伸ばしたけれど、ロイは俺がどんなにそっと触れ
ても過剰に反応して、目を覚ましてしまうから。
 ぎゅっと掌の中に指先を握り込んで耐える。
 「よく、寝てるな」
 「体が本調子じゃないんでしょう」
 「犯し過ぎじゃねーの?」
 「それもあるんだろうけど。無茶な練成だったから」
 「とーさまに、不可能はないけど。ロイちゃんは屈指の錬金術師って奴だったから。それが
  唯一の抵抗なんかもな」
 珍しくロイに同情的なエンヴィーは、焔の錬金術師を歴戦の猛者として気に入っていたら
しい。
 時に、好意めいたものを滲ませる。
 「せっかく、俺が一生側にいてやれるってーのに。早々に慣れて楽しめばいいのに……」

 元々ロイを陥落させる為に選ばれて、ホムンクルスとしてこの世に呼び戻された。
 ドクター・マルコーという確実な人柱がいたにも拘らず、ま。
 保険をかけたかったらしい。
 俺は俺で生き返れて良かった。
 と、最初は思った。
 グレイシアとエリシアにも会って、勿論ロイの野望を後押しするつもりで。
 なんて、呑気な考えは戻った瞬間に打ち砕かれたのだ。

 意識がはっきりしてきた俺が、最初に見たのは、ホムンクルスに弄ばれている、女の身体に
作り変えられた、ロイだった。

 ロイを慕って付いて来た直属の部下を全て殺されて、更に己は女の身体を与えられて、散々
陵辱されて。
 それでも、扉を開かない!と、頑なに首を振り続けるロイを説得する材料として、俺は帰って
きたのだ。
 虚ろな目をしてキング・ブラッドレイ、ホンムクルス名・ラースの巨大なアレを受け入れて、
揺さぶられていたロイの瞳が俺を捉えた瞬間を。
 俺がこの先忘れられる日は、来ないと思う。
 最初は、びっくりした、色。




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