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 「……それは何となくわかる」
 慣れるまでは実際体の負担も多かった。
 とんでもない過密スケジュールと厳しい以外の表現が出来ない訓練や授業の中で、ヒューズ
とのSEXは体の良いストレスの解消でもあり、身体のしゃれにならない負担によるストレスの
元でもあったのだ。
 身体が慣れて純粋に行為そのものを楽しめる頃には、国家錬金術師としての日々のノルマ
が増量し、単純に時間が作れなかった。
 「今は、ほら。ヒューズにはグレイシアがいるだろう?」
 「……すまん」
 「責めてるわけじゃないから。そんな顔をするな。お似合いだと思うし生涯の伴侶にこんなに
 も早く出会えたのは僥倖だ」
 心の底から、そう思う。
 お前という存在が何より大切なのだと思い知らされたのは、そうして、他にも愛しい存在がい
るのだと明かされた瞬間。
 我ながら全く以って皮肉な話だが、仕方ない。
 私はただでさえ、多くを望んでいる。
 ヒューズの全てを求めるならば、それ以外のものを切り捨てるくらいの執着がなければ、無
理なのだ。
 もし、あの私にも優しいグレイシアを敵にでも回すというのならば。
 「だからきっと。酒でも飲まなければ誘えもしないのだろう」
 本当は、誘うのではなくて。
 ああ、そんな時もあったなと。
 僅かに苦い物を噛み殺しながらも、笑って酒のつまみにしてしまえるのならばいいのだけ
れど。
 「士官学校を卒業した時点で、私達は、親友に戻るのだと思っていたから……な」
 卒業式のあの日。
 わざわざ祝いに駆けつけてくれたグレイシアに感謝の口付けたしたその唇は。
 夜、最後のどんちゃん騒ぎを抜け出して夜風にあたっていた私の、唇を塞いだのだ。
 あの、口付けを受け入れてしまった瞬間に。
 罪は確定している。
 撥ね付けられなかった、私だけの罪だ。
 「親友だろ?俺達は今でも。昔も変わりなく」
 「……そうだな」

 親友はSEXなんてしない。
 だからといって妻でも、恋人でもなく。
 ましてや愛人でもない。
 人間との関わりを表わす言葉の中で、私達の関係を表現するのに一番近い言葉は、確か
に『親友』というものだ。
 「お前がそう望んでくれるのならば、永遠に親友でいるよ」
 お前の中で、一番大切な人間が。
 護りたいと思う人間が、私ではなくなったとしても。
 私の中では、お前だけが唯一。
 きっと永遠に一番大切な存在だ。
 「当たり前だ」
 私の瞼に触れてきた唇が、無言で目を伏せるように伝えてくる。
 これから先は、目を瞑って俺に任せておけという、ヒューズの意思表示。
 今から行なわれる背徳行為だけではなく、お前と関わる事で生まれる全ての罪悪感は、ヒュー
ズのせいなのだと。
 だから私は何も思い悩まなくていいのだと。
 優しいヒューズならではの、深い思いやり。
 だから私は、言わない。
 せめて、共犯者にしてくれとは。
 決して。
 従順に瞳を閉じて、唇を突き出すようにすれば、下唇を軽く噛みながら私の口を薄く開かせて、
舌を滑り込ませてくる。
 弾力に富んだ、やわらかいような硬いような不思議な感触の物体は、何時でも私の口腔を好
きなだけ堪能してゆく。
 歯裏をいったりきたりしたかと思えば、舌を引き千切られるのではないかと危惧する強さで吸
い上げてみたり。
 力を入れない歯の間幾度も私の舌を噛んで、やわらかな口腔の全てを舌全体を使ってまさ
ぐってくる。
 呼吸が苦しくなれば、微か離す間も許さない激しさで大きく息を吸い上げて、私の唇を思う様
弄ぶ口付け。

 「ひゅう。くる、し」
 「そっか?ちゃんと応えてくれてっけどなぁ」
 離れた唇が鼻先にちょんと触れてきた。
 ほっと大きく息を吸い込もうとした瞬間、再び深く唇が合わせられた。
 さすがに本格的に苦しくて、ヒューズの背中をどんどんと激しく叩く。
 「苦しいってーのは、こーゆーんじゃねーの?」
 にやっと笑いかけてこられて、全く反省をしていなかった、その態度に血が上った。
 「……これは、苦しいを通り越して……『いい加減にしろボケ!』だっ!」
 頭の天辺を体重かけた拳で思いっきり殴りつけてやる。
 「痛って!」
 「ふん。それぐらいで痛いなんて、鍛え方が足りなかったんじゃないのか」
 何だか集中できそうになくて、ベッドを降りかければ、背中から羽交い締められた。
 「俺がナニをどの程度鍛えてるなんて、俺よりよく知ってるお前だろうが」
 簡単にベッドの上引き倒されて、体重をかけられる。
 弱点を知りつくされた身では、せいぜい身じろぎができる程度の抵抗しか許されない。
 「全く……俺のナニをこんなにした責任はたーんと取って頂くぜ?酒飲んでっから……長
  げーぞ?」
 酒が回った時特有の、嫌な笑いを浮かべたヒューズは開けていなかったビールのビンを引
き寄せて、歯を使って蓋を弾く。
 無茶をやった代償は、唇の裂傷。
 「お前!ナニ無茶やってんだ。この馬鹿」
 下から必死に瓶を取り上げようとするが、酒に浮かされるヒューズの力加減なしの手から
は何も奪えやしない。
 簡単に身体をひっくり返されて、ズボンごと下着を引き下ろされる。
 びりっという嫌な響きに、ズボンか下着の一部が裂けたのを知り、深い溜息が零れ落ちた。
 何が引き金になったのかは、今ひとつよくわからないが、今日はかなり悪酔いしてしまって
いる。 

 こうなると、嵐が去るのを待つしかない。
 適度に酔っ払っているヒューズは、こちらが恥ずかしくなるほど甘い言葉を囁くだけだが、悪
酔いをしたヒューズは自分の欲望に恐ろしく忠実になるのだ。
 誰にでも優しくて、好かれる人間が、こんな闇を抱えているのかと思うほどの。
 「おい!馬鹿っつ、よせっつ!」
 こんな場面で新たに封を切った酒を、飲む以外の何に使うか、想像はついていたが、実際
されるとなると、話はまた違ってくる。




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