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 酒飲み話


 瓶の底、数センチ残った酒をグラスに注ごうか瞬時迷い、まあいいか、と直接瓶を口に当て
て一滴残らず飲み干した。
 思っていたよりも量が残っていたので綺麗に飲めずに、ほんの一筋が口の端を伝って顎か
ら滴ってゆく。
 「お前さ。俺以外の人間と二人っきりで呑むなよ?」
 ソファの上隣りで飲んでいた、ヒューズが眉を顰めながら、私の顔を覗き込む。
 「……何で、だ?」
 自分でも思っているより酔っているらしく、イマヒトツ滑舌が悪い。
 ヒューズと二人で呑む時は、だいたいいつもこんな感じなのでさして、気にはならないが。
 「ある一定量を飲むと、無茶苦茶艶っぽくなるんだよ、お前は」
 顎から今にも滴りそうになった、酒を覆い被さってきたヒューズの舌が嘗め取って行く。
 ちゅっと軽く触れた唇からは、私と同様酒臭いのだが、私ほど酔っているようには見えない。
 誰といようがどれほど痛飲しても、ヒューズが我をなくす激しさで酔っ払ったのを見た例がな
かった。
 大半の飲み会は一緒にいるし、そうでない飲み会でも、ヒューズはザルだ!といった噂しか
届いてこないので、実際酒に強い体質なのだろう。
 「そうか?誰にも、そんなコト言われないけどな」
 「俺が一緒にいる時は、んなに飲ませんし、俺がいない時は、飲まないだろう?」
 言われてみれば確かにそうだ。
 ヒューズが同席しない時は、概ねお偉いさん方のお守りか、財布として部下の飲み会に参
加するぐらいなもの。
 お偉いさんが、酔い潰そうと悪巧みすることも、部下が気を使って必要以上に酒を勧める
時も、場合に応じて適当にかわしている。
 酒の席でだからこそ、上官に弱みを握られるのも、部下に醜態を晒すのもごめんだ。
 「俺の目の前以外では、酔わないように、万全を期しているのさ」


 ふふんと何故か自慢気に腕組なんかして頷いている。
 まあ、確かにヒューズ以外の前で醜態を晒すつもりはないが。
 多少ではあるが、必要以上に酔うと、洒落にならない自覚はあった。
 ヒューズの唇が、とっても気になる。
 「まあ、す?」
 「……まった、そんな顔して誘うなって。お互い覚えなきゃならんことが山ほどあって、明日
  は自主的にお勉強するって、お前ん家に来たのに」
 士官学校卒業後、私に与えられた地位は少佐。
 国家錬金術師の資格を持つ軍人には、自動的に少佐という地位が与えられる。
 まだ軍功は立てていないので、上官の辺りは、理不尽に厳しい。
 ヒューズが指摘する通り、抱き合っている場合じゃないとは、思う。
 でも、ヒューズ。
 私の家に酒を持ち込んだ時点で、こうなると、わかっていたよな、お前。
 誰よりも確信犯な癖に、一応常識を振りかざして見せたりするところも、気に入っている。
 何より、それは私のためを思っての、真摯な労わりだから。
 「明日は、勉強する。今日は、憂さを晴らす、でいいじゃないか?」
 「俺は憂さ晴らしに、お前とSEXすんじゃねーぞ!」
 「……お題目は何でもいいんじゃないのか?私は……まあす?お前としたい」
 顎にかしっと歯を立てて噛み付く。無精髭の感触が唇にこそばゆい。
 口付けというのは色気の無い仕種だけれど、ヒューズは結構興奮するらしい。
 「ったく。明日腰砕けて、だるだるさんになっても知らんぞ?」
 「そんな事いっても、お前。私をあまやかすよな」
 腰が砕けるのはいつものことなのだが、別に不自由は感じない。
 行為の後は、箸の上げ下げまでしたがるのだ。
 この男の場合、SEXの前戯よりも後戯に重きを置く。
 「……だってよお。いっつもやりすぎるんだもんさあ。男同士はなまじ体力あっから、つい無
 茶しちまうんだよな」

 女性との生ぬるい交接では決して得られない愉悦をいうものを、覚えてしまった心と体。
 ヒューズ以外の男性に心惹かれることなぞないし、女性は相変わらず好きだ。
 抱き締めるのなら女性に限ると思う。
 ……ヒューズを抜かせば。
 「酒が入っていると余計、長くはなるさ」
 「お互いなかなか、いかねーしなあ?楽しめるっちゃあ、楽しめるんだけど」
 「だけど?」
 「……溺れすぎも、いかんだろうってさ」
 それは、私のセリフなんだがなあ。
 真面目すぎるヒューズは色々と考えてしまうのかもしれない。
 将来を誓った彼女もいる。
 私との関係なんぞ、士官学校卒業後は、続ける気もないのだろう。
 こんな時、二人にはかなりの温度差があった。
 私だけが、熱に浮かされているようで。
 居心地が悪い。
 「そんなに、したくないなら。しょうがないな、眠るか」
 「……ロイ、この状態で眠れるのかよ」
 「相手にその気がないんじゃ、仕方ないだろう」
 こそこそとベッドに潜り込もうとすれば、ヒューズの体が背中の上に圧し掛かってくる。
 「重いぞ!」
 「だってさあ。俺だけが溺れてるみたいで、切ないじゃんさあ」
 「はあ?」
 それも、私のセリフだぞ?
 「酒、飲まないとロイ絶対自分から誘わないだろう!」
 「……そう、だったか?」
 「……ほら、気付いてねーし。普段は俺ばっか、誘ってんの!」

 指摘されて考え込むこと、しばし。
 「……どうよ?」
 「……確かに」
 そのようだ。
 思い起こす全ての記憶の中で、そういえば酒の酔いが回っていない時に誘った記憶はない。
 ……特に、グレイシアとの関係を聞かされてからは、自覚もないではない。
 もう少し収入が上がったら、結婚するんだ、と言われて。
 親友です、と本人にも紹介された。
 ショートヘアが物柔らかな印象を与える、優しい人だ。
 数度三人で食事をした程度でも、頭の回転がヒューズ並なのはわかったし。
 ヒューズが彼女をとても愛していて。
 彼女がとても愛しているのが、わかったから。
 私から、誘いをかけるまでには至らなくなってしまったのかもしれない。
 男同士の愁嘆場なんて、冗談じゃないしな。
 自分の欲よりも、ヒューズの幸せだろうと思えるくらいに、大切な存在なのだから。
 かといって、誘われて拒否できるほど生ぬるい執着でもない。
 我ながら飽きれ返って、本当にヒューズを親友として、思える日がやってくるのかと溜息をつ
く日もあった。
 「士官学校にいた頃は、ただ単に、私が欲しいと思う頻度よりも、お前が私を欲しがってくれ
る頻度が高かっただけだろう」




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