「勿論。どうぞ」
招き入れれば、一瞬。
躊躇の色を見せるが、ドアの中に入ってくる。
「相変わらずの趣味の良さだな」
まぁ似合っているといえば似合っているのだが、ラメ紫の水玉ワイシャツなんて、個人的には
どんな趣味だと、問い詰めてやりたい。
「そっか?まー閣下が下さった物を無碍に断る訳にはいかんから、そのまんま着てきたけど
な。びみょーに俺の好みとはずれてるんだぜ、これがまた」
閣下が、下さった。
の、部分で。
このヒューズは、間違いなく私の為だけに閣下が生成してくれたモノだと認識を深める。
「……ワイン、用意しておいたぞ」
「おお。さんきゅ。ホワイトロースハムに、カッテージチーズに降り黒胡椒!お前さんに、こん
なナイスなセレクトはできないな?」
テーブルの上に綺麗に並べられたつまみを見たヒューズは、腹黒そうに笑う。
「干し葡萄は私のセレクトだぞ!」
「あーま。確かに大好きだけどな。カロリー高いぜ?」
「ふん。お前の腹よりは私の腹の方が余程ぺたんこだ」
「いーけどな。はぼっく少尉に、俺からもお礼イッといてくれよ」
「わかってる」
指差し確認までされて、思わずぷうと膨れれば、膨れた頬をぺほんと潰された。
子供同士がするような馴れ合いふざけ合いも、今はいなす気が起きなかった。
「さてとーぉ。何に乾杯しますかね」
何時もヒューズが座っていたイスに何の躊躇いもなく座りながら、奴はワインに手をかける。
酒を飲み始めた頃から、ワインのコルクに梃子摺る私に代わって、栓を抜くのはヒューズの
役目。
「それは勿論、お前の生還に」
「生還……なんかねぇ」
「……記憶、飛んでるのか?」
「……その手の話は乾杯の後にゆっくりとするよ」
「では、乾杯」
「んあ、乾杯」
ちきん、と良く手入れされたガラスが立てる澄んだ音を聞きながら、ワインを口に含む。
冷たい喉越しが堪らなく美味で爽快ではあったが、空きっ腹には厳しい。
胃が、きゅうと縮こまるのがわかった。
「ロイ……腹に溜まるもん食えよぉ」
「わかっているさ」
取りあえず、カロリーが高いと言われた干し葡萄を口に放り込む。
「……んーそうじゃなくてね。普通は炭水化物から取りません事?」
適当なサイズに切られたフランスパンの上、ヒューズが薄くバターを塗って、ハムを乗せ、
チーズも乗せてくれる。
「ほれ、あーん」
「……あーん」
気恥ずかしいと思う感情も、今は隣に置いて素直にヒューズとの時間を堪能する。
「どうよ」
「うん。美味しいよ」
「そいつぁ良かった」
「お前は?」
「うーん。美味なんだとは思うんだけどな。イマヒトツ。味覚は弱いらしい」
あの、閣下を以ってしても。
マース・ヒューズという存在の全てを取り零す事無く救い上げ、再構築するのは無理だった
という話か。
「味覚……だけか?」
「んにゃ。他にも色々……何かね?閣下曰く『君は私の愛しいロイの為に造った存在だから。
そのことを重々承知しておきたまえ』ってよ。アレだろ。コト、ロイが関わらない全てが排除
されてるんじゃないのか?」
私は好きな人と食事をするのが大好きだ。
無論ヒューズとの食事も。
それが制限されているとしたら……閣下は、それこそSEXフレンドとしてだけ、あればいいと
思ったのか。
それとも、その。
マース・ヒューズという存在だけがあれば充分と考えたのか。
単純に。
「その方が、閣下が失う物が少なかったのかもしれない」
「……ホムンクルスが人体練成しても、等価交換の法則が成り立つんかよ?」
「閣下が練成をしたならね。違う方法を使った気がしないでもないが」
「ふーん。まぁ。食感は残ってるから。何食べてもまずいってコトもないし。ロイを美味いと
感じられればそれで」
「……ヒューズ」
「お前と寝るのって、どれぐらいぶりだ?」
士官学校の頃。
さしたる切っ掛けもなく抱き合った時期があった。
後は、イシュヴァールの狂った時間の最中にも、少し。
グレイシアという婚約者がありながら、私を抱き締める奴の優しさだけしか感じられなかった
私は。私自身は不倫向きの性質なのだろう。
気づかれなければいいと。
一生隠し通せる覚悟があれば、問題ないと。
そんな風にしか思えないから。
でも。
「イシュヴァールぶりかな?」
「そんなになっか」
「……グレイシアが居たから、な」
「お前は格別だったから。素直になればしたと思うぜ?」
「……言ってろ、馬鹿」
ヒューズはグレイシアを本当に、本当に大切にしていたのだ。
こいつに愛される女性はさぞ、幸せだろうと常日頃考えていたけれど。
彼女の笑顔を見る度に、そう認識をせざる得なかった。
正直、悔しいと思わなかった訳ではない。
だが、彼女は真摯。
ヒューズを愛していたから。
私と同じに、こいつだけを。
だから、いいさと。
頷いたのだ。
不承不承であっても、もう二度とヒューズと寝る事はないと。
「まぁ。今となっては素直なロイじゃなくても、するけどよ」
「……お前、さ」
「愛していないよ。というか。愛、という感情はお前にしか許されないらしい。今の俺はグレイ
シアも、エリシアも……愛していない」
「そんな……」
私は思わずテーブル越しに、ヒューズの頬に手を伸ばして。
その、頬を包み込んで……愕然とした。