「しないよ」
「本当ですね?」
「ああ……私は、しない」
すうっと、奴の目が細められる。
瞳が小さくなると、不思議と瞳の色が薄まり。
これもまた、見惚れる綺麗なクリアブルーの瞳になった。
「アンタは、しない。じゃあ、誰がアンタの為に中佐を練成して下さるんですか!」
……参った。
完璧に見抜かれた。
「大佐?誰?」
「……大総統閣下だよ」
「っつ!?」
奴の想像にはない名前だったんだろう。
まぁ確かに、私も閣下自身に練成が出来るとは思わない。
「長い間、愛人やってるご褒美だそうだ」
私が側近と認める部下達は、私が閣下の愛人だと知っている。
ハボックを中心に納得いかない部分がほとんどらしいが、閣下が事の他私の甘いのと、その
執着が深いのを目の当たりにしているので、声を荒らげて批判は出来ないのだ。
冗談半分も合ったのだと思うが、部下の前。
私がロイを手離す時は、ロイが死んだ時だからね?
と言い放った過去があった。
以来部下は、私が愛人を無理に辞めようとすれば、殺されてしまうのではないかと、危惧して
しまったのだ。
「ご褒美、で。人体練成ですか」
「練成でないかもしれないがね?私だけのヒューズをくれるのだそうだよ」
「……それで、アンタは。何かを引き換えにするんですか?」
「ご褒美だから。お返し、はしなきゃならないとは思うけれど。閣下は特に何もおっしゃらなかっ
たから。閣下がお好きなプレイをする程度でいいんじゃないかな」
「アンタが、死ぬ、とか。壊れる、とかは。ないンすね?」
「たぶん、ね」
「……なら、いいっス」
おや?随分とあっさり引き下がったな。
こいつの性格からして、やいのやいのと言ってくると思ったのに。
「ちゅーさが、前みたいに側に居てくれて。大佐が何も失わずに、笑ってくれるならそれで」
「はぼ……」
「忘れないで下さい。これは、俺ら側近連中の総意です」
私が、良ければいいと。
たとえそれば、世間にどれ程批判されるものだとしても。
お前は。
お前達は、どこまでも私に付いて来ると。
見放しはしないと、約束してくれるんだな……。
「ただ、一つだけ。忠告を」
「忠告?」
「もし、ちゅーさが貴方の側に侍るようなって、それが害になると最終的に中尉が判断した時。
俺達はそれを排除しますから」
一点の曇りのない目だった。
私を、私だけを守るというのは、そういう事なのかもしれない。
「わかったよ……でもしかし。中尉が最終的な判断を下した時は、私にちゃんと告げて欲しい」
「どうして?」
「ヒューズをもう誰にも殺させたくはないから。殺すのならば、私が。引導を渡したいんだよ」
私の為に戻るというのであれば、殺す権利も私にしかないはず。
ハボックは何の予備動作もなしに、私の身体をひょいと軽々抱き抱えて自分の腕の中へ収
めると、きつく抱き締めてきた。
「はぼ?」
宥めるように髪の毛を撫ぜてやっても、嫌々と、子供のように首を振る。
「苦しいよ。ハボック」
「……そんな事。させませんよ」
「でも!」
「させません。俺達は貴方を置いて逝ったちゅーさを許した訳じゃない。
貴方の心が、これ以上あの人で壊れるような事は、絶対にさせない」
必死の抱擁は、何より奴の悲しみが伝わってきた。
殺す事を前提で返してもらう訳ではないのだ。
ならば、これ以上ハボックを悲しませる必要はどこにもないだろう。
「……わかった。私が悪かったよ。私が奴を『害』にさせなければいいだけの話なんだから、
ね。十分に気をつけるさ」
「そう、して下さい。アンタが傷つくのが一番嫌ですけど。できれば俺達もちゅーさを殺めた
くはないです」
「うん」
額にキスを一つ背伸びで施せば、瞼へお返しのキスが降りてくる。
恋愛感情に限りなく近い、けれど恋愛にはなりえない情が常に、私とハボックの間にはたゆ
たっていた。
「可能であれば、何時か。会わせて下さいね」
「そうだな。可能であれば、そうするさ」
実際それは微妙な話。
私だけのヒューズを誰にも見せたくはないという感情が強い。
ハボックは、私の感情を正確に読み取ったのだろう。
寂しそうに笑って、もう一度。
瞼の上に唇を寄せた。
閣下から、今日。
ヒューズを私の家にやると、連絡が入った。
朝から何をしても上の空で、中尉に何度も怒られたが、それでも定時に上がる為。
必要最低限の仕事はこなしたつもりだ。
納得の行かない中尉も、私のそわそわ加減で状況を把握したのだろう。
目の端に怒気を残しながらも、定時帰宅を許してくれた。
ハボックの運転する車で帰り、序でにヒューズが好みだと言った軽食をハボックに作らせ
て後。
奴を帰らせて一人。
訪れを待った。
勘の良いハボックがぎりぎりまでいてくれたせいで、あまり不安を感じる事はなかった。
奴があれこれと話しかけてきて余計な事を考える間も許さなかったからだ。
部下には等しく感謝をしているが、ハボックは時折特別かもと思ってしまう。
冷えた白ワインが何とも美味そうで、先に一杯引っ掛けるのも悪くないかな?とグラスに
手を伸ばしかけた所で。
人の来訪を告げるベルの音。
私は跳ね上がるようにして玄関に向かって、深呼吸を一つしてからドアを開けた。
「よ!久しぶり」
そこには、生前と面立ちも物言いも全く変わらないヒューズの姿があった。
「……本当に、久しぶりだな」
「……入ってもいいか?」