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 冷たい熱

 
 「ロイ君。君何か欲しい物はあるかね」
 ベッドの中一頻り抱き犯されて、取ってつけたように言われる何時ものセリフ。
 『いいえ、何も』
 が、閣下との関係が始まってから言い続けたセリフだったけれど。
 ふと、思い浮かんだ欲しい物があった。
 「マース・ヒューズ」
 「……おや?私は『物』と言ったよ。君は親友を『物』呼ばわりするのかね」
 「もう、奴は死にましたから。死んでしまったら、もう『物』でしょう?」
 奴を『物』だなんて、一度も思った事はない。
 私にとって、マース・ヒューズは永遠の聖域だ。
 決して自分の物にはならない、憧れの存在。
 ただ、閣下にそんな心境を晒すつもりもなかった。
 何でも、何もかも自由に出来る風にほのめかすから、言ってみたくなっただけだ。
 彼とて、人の生命は操れまい。
 ホムンクルスだって、限界はあるはずだ。
 この世の中に、絶対は、有り得ない。
 ん?だとすると、死人を蘇らせる事も可能なのだろうか。
 考え込んでしまった私に、閣下は心底おかしそうに、笑った。
 「ははは。君は相変わらず、面白い。長い付き合いだけれど、飽きないねぇ」
 顎に指がかかってキス。
 以前抵抗の意味を兼ねて、目を見開いたままでキスをしたら、閣下が持つホムンクルスの瞳
に犯されて、酷い目にあった。
 以降。
 恋人同士のようで嫌なのだが、閣下とキスする時は従順に目を閉じるようにしている。
 「きっと、何が起こっても私が君に飽きる事はないんだろうなぁ」
 うっとりと閣下が謳う様に言う。
 それがどれだけ稀有な現象なのか、知らないほど馬鹿じゃない。
 愛人という意味で、私は常に一番の位置にいた。
 過去、閣下に飽きられた人間がゴミグズよりも呆気なく捨てられたのを、うんざりする程見続
けている。
 年単位で関係が続いているのも唯一私だけだろう。
 何時かは飽きてくれるだろうと、思い続けてきたが、それすらも最近飽いてしまった。
 別れる切欠にでもしたかったのかもしれない。
 たった一度の、願いを叶えてくれない人の愛人を続けているのは、うんざりです、と言って
やりたかった。
 「初めての君のオネダリだ。良いよ。叶えよう。内容が気になるがね。ま、いいさ」
 「え?」
 「数日時間をくれたまえ。君が彼を買う場所も用意しないといけないしね」
 「は?」
 「良い子で、待っていなさい」
 既に一人完璧な着衣を終えていた閣下が、足早に部屋を出て行く。
 「待っていろって?奴が生き返るんだって」
 そんな、馬鹿な。
 ベッドの中、後始末もせずに閣下の言葉を胸の内、反芻する。
 閣下は、嘘を言わない。
 だとしたら、ヒューズは本当に生き返るのだ。
 そして、私だけの、物に、なるのだ。

 背筋を空恐ろしい激情が走った。
 信じたくはなかった、それは。

 歓喜、だった。

 「……大佐ぁ。ご機嫌スねぇ」
 先刻から鬱陶しいほどに、視線を感じていたので。
 話しかけてくるだろうとは、予測していたから
 「そうか?」
 声は比較的、素っ気無く対応できたと思う。
 「そうですよ……ちょっと怖いくらいですよ?」
 けれど、失敗だったらしい。
 「私だって機嫌のいい日ぐらいある……何時までも落ち込んではいられないだろう?」
 ヒューズが死んで、実際。
 もう何ヶ月もの間、皆が腫れ物に触るように、心配して。
 真綿で包みこむように、甘やかして。
 私の心が少しでも落ち着くようにと、心を砕いてくれていた事を知っている。
 「……空元気と。そーじゃない元気の差ぐらい。俺でもわかります」
 心の一部が、皆に何時までも心配をかけないしょうにしなきゃいけないと、思っているのも
また事実。
 「……何が切欠で、人間浮上するかはわからないものさ。私も正直よくここまで能天気に
  浮上できたな、とは思うからね」
 しかし、私の心は今。
 どうしようもなく浮き立ってしまうのだ。
 閣下の手によって、ヒューズが。
 私だけのマースが、手に入るのだと思うと。
 自分の感情を完全に制御できない程度には。
 「大佐?」
 「何だね」
 「顔、上げて下さい」
 私は、書類を処理しながらハボックと会話をしていた。
 一度も目線など、合わせてはいなかった。
 「もう少しで、終わるから。待っていなさい」
 「今すぐ!顔を、上げて下さい」
 怒気を孕むというよりは、心配が極まって取り乱した。
 そんな情けない声だった。
 私は、リザの言葉短い心配そうな声音と、ハボックの一見怒っている風に聞こえる情けない
声音に、しみじみ弱かった。
 別に自分に非がなくとも、私が悪かったと告白してしまいたくなる。
 「……ほら、上げたぞ。何だ」
 ハボックの綺麗なスカイブルーの瞳が、私を真っ直ぐに見詰めてきた。
 「……ヒューズ中佐を、人体練成したんじゃ、ないですよね」




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