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 今はこの先にいるだろう紅葉を捜すことの方が先決だ。
 そう考えて踏み出した坂道は想いの外あっさりと五分程上ると開けてしまっ
た。
 幾つか植わっている大木の向こうにそれらしき道がある。
 きっとそれを登っていけば更に高みへ、奥深くへと行けるのだろうがボクに
は関係ない。
 捜し人は、中央にある大きな楓の巨木の下ですやすやと寝息をたてていた。
 歩み寄って側に腰を落としても一向に気付く気配がないほどに穏やかで深
い眠りだ。
 「こんナ風に、眠るんだ?」
 幾度と無く催される宴会の中で、下戸で通っている紅葉に無理やり酒を勧
める奴もいないため…それは女の子達が多数いるせいでもあるが…だいた
いの場合において紅葉は最後まで素面のまま残って、酔いつぶれた人間の
面倒を見るのが習慣になっていた。
 そんな中では良い気分になった自分が寝付く寸前、苦笑しながら毛布をか
けてくれる紅葉の姿は見ても、酔いつぶれたあげくの寝顔なんてものを拝む
機会には恵まれなかった。
 仲間内の集まりの中でも比較的早くに寝てしまうという紅葉の寝顔を、そう
いえば今日初めて見たのかもしれない。
 真っ直ぐに上向いて、両手を腹のあたりで組んでいる姿は、何だか妙にら
しくて苦笑を誘われる。
 「綺麗、ダよな」
 だいぶ微笑むようになった紅葉だけれど。
 他の気の良い仲間達のようにリラックスしていることはまだまだ少ない。
 四神仲間という繋がりもある醍醐が紫暮サンと二人『これでもだいぶ穏や
かになったものだがな』と話しているのを聞いてそうも思ったが、やはりゆる
やかにまとった殺気は消えることがなかった。
 だから、こんな風に無防備にされると…ちょっとどうしていいかわからない。
 マリィにされる分の答え方は、それこそ単純明解。
 抱き上げて額にキスを一つしてあげればいいだけだが。
 まさか紅葉にはそんなことをするわけにもいかない。
 それでもやはり触れたい衝動にはどうにも勝てなくて、そおっと指先で頬に
触れた。
 「っ!」
 何が起こったのかわからないほどの早業。
 間抜けな瞬きを繰り返したボクの前に、腰を落として戦闘態勢をとった紅葉
の姿があった。
 「アラン?…驚かさないでくれるかい…あやうく、技をだすところだった」
 「いやヨク寝ていたから…おこしタら悪いと、思って」
 「ここは…僕の気と合うんだ。……つい気を抜いてしまうようでね。もう少しし
  たら君達のところへ行こうと思っていたんだが、寝てしまったようだ」
 "すまなかった"と殺気をといた紅葉が体についた落ち葉払った。
 コートについていた真っ赤な紅葉(もみじ)がはらはらと落ちて行く。
 「マリィは?」
 「綺麗な紅葉(もみじ)を探して美里ニあげるんだッテ。夢中になっているヨ」
 「そうか…じゃあ早く迎えにいってあげないとね」
 今すぐに歩き出そうとする紅葉の手を、座わり込んだ態勢のままで止める。
 「まだ、夢中にナッテいるよ。それよりも少し二人デ話をしないカ?こんな機
  会、ナカナカなさそうだから」
 ボクの申出に目を閉じて思案した風の紅葉が、諦めたのか腰を下ろす。
 「確かにまだ夢中になっているようだ。…気配が乱れたらすぐに迎えに行っ
  てあげればいいか、な」
 意識を集中してマリィの気配を探ったのだろう。
 ボクでも近しい人間にならできることを、複雑な仕事をする紅葉ができない
はずがない。
 まして、紅葉にとってはきっとマリィも、愛しい者なのだから。
 「紅葉…」
 「ん?」
 「話は、長かったのかナ」
 「そうでもなかったよ。以前こちらのお寺で怪異があってね。僕が封じたから、
  その後の様子を伺っていただけだし」
 「怪異って…霊関係ノ不思議な事?」
 「ん…そういっても差支えはないかな」
 お寺などといった場所では、そういう類の出来事とは切っても切れない縁が
あるのだろうが、自分達で片付けられるものでもないのか。
 人には見えない者々や怪異と立ち向かうためにこそ存在する場所なのだと、
ずっと思っていたから。
 お寺その物が結界になっているというのも、よく耳にする話だ。
 「変わったたち性質の異形でね。直接気を叩き込まないと動きを封じること
  ができなかったんだ」
 「なるほど。お寺得意の呪法はキカナかった、と」
 「そういうこと。その点僕は異形に効く気を打ち込む事ができたから…人を
  殺して喜ばれることは多かったけど、人を助けて喜ばれる方が嬉しいも
  のだね」
 「人ヲ助けて、カ」
 宿星の仲間は皆、それぞれ自分の正義を持っている。
 特にコスモレンジャーの主要メンバーである三人。
 三人が三人ともわかりやすい正義に身を投じていた。
 ボクもコスモブルーとしてメンバーに加えてもらっているが、彼等が掲げて
いる正義とは相反するものを抱えている。
 ボクの正義は彼等のように万人には向けられない。
 近い人間にだけ発動させるように、敢えてしていた。
 弱い者が、必ずしも守るべきものでないことはよく知っていたから。
 「アラン?」
 「紅葉は、凄イよ。鳴滝の命令ナラどんな人も助ケラレル」
 どんな人でも…殺せる。
 「殺せるの間違いだろう?」
 「同じ意味ダヨ。助ケるも殺セる、モ」
 皆と一緒に過ごすようになってからは、もう失せてしまった記憶。
 ボクの大切な人達は皆、皆殺された。
 あの永遠の孤独。
 …同じ痛みを知っているのは劉だけだ。
 家族も愛しい女も優しい友人達も全て失って、一人で復讐をしようと牙を
磨いていた劉とボクはとてもよく似ていると、思う。
 ただ決定的に違う事が一つあった。
 劉の村は村全体が結界の役割を果たしていたし、村人全員に結界を守
る護人(もりびと)としての自覚があったことだ。
 ボクの村ではその役割を自覚していたのは、ボクだけだったのだ。
 青龍の血を受け継いだ僕だけ。
 だから本当は、誰も死ぬはずではなかった。
 奴の目は四神の一人である程度のボク個人に執着はみせなかったから。
 だけど、皆……村人を皆殺しにされたのはたった一人の人間が裏切ったか
らだ。

 

     
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