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 どうやら龍麻の言ってくれた通りだったようだ。
 全くさすガだよね、龍麻は。
 「ここには、以前からヨク来るのか?」
 拝借した村雨サンが保持するオープンカーを運転して丸々二時間を費やし
て来たのは、密やかに佇む巨大な社寺。
 入り口の所でお坊さんが迎え出てきてくれた所を見ると、一般人は入れない
類いの場所なのかもしれない。
 「館長がここのご住職と懇意なんでね」
 「ゴジュウショクとコンイ?」
 「………責任者と親しいって……ところ」
 「なるホど…日本語は奥ガ深い」
 ふむふむと頷くボクの目を細めて見つめてきた紅葉の視線の真っ直ぐさに
心臓が、一つ派手に高鳴る。
 「僕はご住職に挨拶に行ってくるから。少しマリィを見ていてくれるかい?…
  危ない場所もあるからね」
 「わかっタ。この辺りにイルことにする」
 "なるべく早く戻ってくるから"と、囁いた紅葉は薄手のコートの裾を翻して階
段をかけ上ってしまった。
 「さてと…マリィ!ボクは少し散策ナンカをしてみるけれどどうするネ?」
 「もっと、綺麗な所アルかな」
 「まーきっとアるんじゃナいかな」
 言葉遊びのようにその口調を真似するとマリィが華やかに笑う。
 本当にこの子は…女の子らしく笑うようになった。
 美里や龍麻や…きっとボクや紅葉や…皆の、お陰という奴だろう。
 「じゃあ、行ク!……でモ、ここを離れて、紅葉。私達ヲ探せる?」
 「何度も来てルみたいだったから、大丈夫ダヨ、きっと。ソレニ僕らがじっと
  シテいないのを、紅葉はヨく知っているよ?」
 「だ、ネ」
 共犯者のように笑い合って。
 「行コう」
 ボクはマリィの小さな手を取った。

 数十分は歩いただろう。
 幾つかあった紅葉スポットと呼ぶに相応しい景色の中でも、マリィが特に興
味を示した一角に腰を据える。
 大きな楓の木の下に座れば、はらはらと絶え間なく真っ赤にその身を染め
た葉が落ちてきた。
 空から落ちてくる葉を地面に落ちる前に掴まえようと躍起になっていたマリ
ィも、歩き疲れたのかイチョウの 木の下にぺったりと座り込み形、の整った
葉を探そうとしてか一枚一枚日の光に透かして見定め始めた。
 服が汚れるから膝の上に抱き上げてしまおうかと思ったが、この落葉加減
からして昨日あたりから地面を覆い尽くし始めたのだろう葉によって、マリィ
が座っている場所は黄色の葉を敷き詰めた絨毯のようになっている。
 雨が降った形跡もなく、からりと晴れた天気なので湿気ていることもなかろ
う。
 何より楽しそうにしているのを咎めるのは忍びなくて、そのままそっとしてお
くことにした。
 「マリィ!綺麗ナ葉は見つかッたか?」
 「うーん。チョットだけ」
 くるりと首だけをボクの方に向けて。
 「美里お姉ちゃんの御土産にスルかラ。もっとタクサン探すノ!」
 とっとと作業に戻ってしまった。
 女の子はこういった作業を好むものなのだろうか?
 空から降り注ぐ紅葉を眺めているのも悪くはなかったが、紅葉がなかなか
戻って来ないのが気になった。
 まさか、ボク達を見失ったわけじゃないだろうとは思うが。
 「ちょっと、紅葉を探してクルから、おとなしくココにいてクダサイね」
 こくこくと頷きはしたもののやっぱり地面から目を離そうとはしないマリィに
苦笑しながら、紅葉の気配を探りながら歩き出した。

 「こっチ…かな」
 紅葉の気配は案の上ボク達が待っているといった場所に多く残っていた。
しばらくはうろうろとボク等を捜してくれたのだろう。
 「ボクはここデすよー」
 ひそひそと囁きながら気配を辿ると、大きな別れ道で紅葉がボク等とは違
う道を辿ったのを知る。
 「そちらジャなかったんダケド…」
 紅葉はボクよりも正確に気配を追うことができる。それを違えてしまうのは、
故意でしかありえない。
 敢えてボク達を捜さない理由はなんだったのだろう?
 やはり、紅葉は一人が好きなんだろうか…。

 『一人が好きなわけじゃないんだよな』
 それは龍麻の、言葉。
 『ただ、一人でいるのに慣れようとしてるだけ』
 『?』
 『わかんねー?』
 ボクの表情を読むのは龍麻の得意とするところ。
 …というより龍麻は誰より人の表情は愚か心を読むのに長けている。
 いつでも、どんなに自分が凄まじい状況下にあったとしても。
 その金色に輝く瞳が読み違えることは一度もなかった。
 『血まみれの自分がいると周りの人間まで汚れると、結構真剣に思ってい
  るんだよ、紅葉は』
 『ソンナこと誰も、思ってナい。勿論ボクも!』
 『うん。そうだ全員が全員とは言わないけど宿星の仲間は、そんな風には
  考えない。……でも紅葉は駄目なんだよ。自分で、自分が許せないんだ
  ろうな』
 まるで、それが当たり前だというように。
 仲間達の集まりの中で紅葉は、隅の方にひっそりと佇んでいることが多い
ように思う。
 誰かに話しかけられればそつなく答えるが、自分から積極的に輪に入って
いこうとはしない。
 自分がそれとは正反対の質なので、龍麻に指摘されなくとも知っていた。
 『馬鹿だよな、紅葉も』
 深い吐息と共に静かに笑った龍麻は、らしくもなく寂しそうだった。

 舞い散った落葉をかしゃかしゃと踏みしめながら、紅葉の気配を追ってボク
等が行かなかった獣道のような細い道を辿ると、そこは山道へと繋がってい
るらしく上り坂の道は先が見えることなくうねっている。
 「マリィ、一人デ平気かな…」
 ここを上るのには多少の時間がかかるだろう。
 一人にして置くのは心配ではあったけれど、随分と集中していたようだった
ので、大丈夫だ…と、信じよう。



     
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