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  炎恋の理



 「スッゴく。綺麗ナノ!」
 つい先程まで掴んで離さなかった紅葉の手を、呆気なく離したマリィが紅葉
お手製の真っ白いセーターの裾…それは実際膝丈まであってワンピースの
ようにも見える…を翻して空を仰いだ。
 紅葉(もみじ)があとからあとから際限なく降ってくるのを、珍しそうに、嬉し
そうに眺めながら。

 「遊び人ノ"きょーち"でも思いツカナイかね?」
 「だーかーら!俺の名前は京一だっつーの!」
 「紅葉(こうよう)スポットを京一に聞くのが間違ってるよ、アラン。遊び人とい
  えば村雨先生でしょう!」
 龍麻にびしっと指を差された村雨サンは、かったるそう…気怠そうにボクを
振り返った。
 「そりゃまー幾つか、知ってっけど。お子様向けじゃねーよ」
 マリィに"紅葉(もみじ)が見たい!"とせがまれて、良さそうな紅葉(こうよう)
スポットはないかと、ちょうど麻雀大会があったのを思い出して、如月骨董店
を訪ねてみた。
 「皆、それでも日本人カ……全く。日本の秋を堪能シヨウという気ハないの
  かネ!」
 両腕を組んで威圧すると、村雨サンがへらりと笑う。 
 「だから、アラン。俺の紅葉スポットは大人向けなの。てめーが美里嬢でも
  誘うってんなら、教えてやるぜ?旅館、ホテル込々のお泊まりコースでよ」
 「下品だ…村雨…」
 ボクの前に日本茶を置いてくれた如月サンが、ぱかーんと良い音をさせて
手にしていたお盆で村雨サンの頭を叩く。
 真剣に痛かったのだろう、声もなく頭を抱えて蹲った頭を今度は掌で軽く叩
きながら、如月サンが綺麗な笑顔を披露しつつ教えてくれる。
 「紅葉(こうよう)スポットなら、これ以上ない人がいるだろう、…アラン?」
 如月サンの言わんとしていることはわかる。
 ボク達宿星の仲間の一人に、紅葉(こうよう)と音は違えど同じ字面の名を
持つ人物がいる。
 「……紅葉は…ボクが嫌いだかラ…」
 もともとボクはノリが悪い紅葉が嫌い…というよりは苦手だった。
 何を話しかけても面白くなさそうで、相槌すら打ってくれないことだってあった
くらいだ。
 ボクが苦手意識を持っても…仕方なかった、と思う。
 「紅葉は誰も嫌ったりはしないよ?ましてマリィの望みであるなら、絶対断り
  はしない」
 そう最初はマリィだって紅葉が怖いと言っていた。
 何を考えているか、理解できないとも。
 ……が、それは今となってはもう随分と昔の話だ。
 "誕生日プレゼントを買うお金がなかったから"と龍麻が頼んで紅葉に作らせ
たという目の覚めるような青いサマーセーターは、今でもマリィの大のお気に
入りの洋服の一つだ。
 懐いてしまえば幼い子特有の図々しさにも似た屈託のなさで、見ている方が
驚くほどあっさりとマリィは紅葉にまとわりつくようになった。
 紅葉は例えどんな状況下でマリィが歩み寄ってきても、拒絶することはない。
 何時でも穏やかに微笑んで見せて、目線まで腰を落としてから会話を始める。
 そんな紅葉を見て初めは驚いた皆も、"紅葉はもともと弱者に優しい奴だか
ら"とたやすく享受した。
 ボクだってそうだ。
 同じ四神の宿星を持つというのもあり、たった二人きりの異国の人間でもあ
るマリィとボクが一緒にいる時間は、美里とマリィが一緒にいる次ぐらいに多い
だろう。
 当然、紅葉への見方だって変わってくる。
 でも…最初、ボクが言ってしまった紅葉への否定の言葉は…勿論それは本
人に向かっていったものではなかったけれど…周り回って随分と誤解を生ん
でしまった。
 もう紅葉が苦手なんてことはこれっぽっちもないのに。
 紅葉の方がボクを苦手なのだ。
 「得手、不得手なんて誰にでもあるだろう?アランの考え過ぎた…まーこうい
  う時に他の人の名をあげるのも失礼だと思うけれど、少なくとも霧島君より
  はずっと。君は紅葉に好かれているよ」
 「でも…」
 「何だい君らしくもない!とりあえず、紅葉に頼んでみればいいだろう?マリィ
  が喜んで、紅葉と親しくなれるなんて一石二鳥だろうに」
 如月さんは他の人より多く難しい日本語を使う。
 やはりそれこそが忍者たる所以、というやつだろうか?
 「イッセキニチョウ?」
 「一つのリアクションで、二つの成功を収めることって感じかな」
 首を傾げるボクに、こほんと咳払いをした龍麻が教えてくれた。
 「大丈夫だよ、アラン。思い切って持ち掛けてみなって。お前が思うほどに紅
  葉はお前を拒絶していないっての、俺が保証してやるよ」
 誰よりも紅葉の近くに立つ龍麻は、表裏一体の執着を越えて紅葉を理解し
ている。
 龍麻がそう言ってくれるのなら、ボクはそんなに紅葉に嫌われてはいないの
かもしれない。
 「わかった。頑張ッテみるよ」
 「よ!そうこなくちゃ。頑張って紅葉を口説いてくれや」
 大きく手を打って励ましてくれた村雨サンのチシャ猫の笑いが気にはなった
が、とりあえず覚悟を決めた。

 「こんなに、喜んでくれるとね。連れて来たかいが、あるかな」
 「……せっかクの休み、だったノに。すまナかった」
 「ああ、違うよ…そんなつもりでいったんじゃない」
 紅葉が休みの日に、何の予定も入れていないのは本当に珍しいことなのだ
と、龍麻に言われた。
 一ヶ月に一度、取れるか取れないかの休みを、紅葉はいつでものんびりと一
人で過ごすのだそうだ。
 お菓子を作ったり、読書をしたりしながら、ゆったりとした日々を。
 極々有り触れた日常を。ともすれば忘れてしまいそうな時間を、たぶん噛み
締めるように。
 「君がそんな風に、気にする人だとは思わなかったよ」
 きゃあきゃあとマリィが落ち葉を踏み締めながら階段を上る後に付き添いな
がら、紅葉がボクを振り返る。
 からかうような色合いを、瞳の中に見つけてごくりと息を飲み込んだ。
 「……僕の態度で……誤解をさせたようで、申し訳なかったね?」
 「ボクの方こそ、勝手ナ思い込みデ誤解をしていたカら…えーと…お互い様
  …ね!」
 「そう言って貰えると、僕も嬉しいよ」
 随分と以前に見た口に張り付けたような微笑みではなくて、いつもマリィに見
せる微笑みと同じものであったのに安堵して、気付かないうちに入っていた肩
の力を抜く。




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