「はっつ!どこまでも嘘つきだな。ヒューズ」
冷めた瞳。
こんな目、俺には絶対向けない。
俺が向けられたら絶対にへこむけど、憎しみの対極に愛があるのだとすれば、その感情
の強さが俺には羨ましかった。
『心外だな。俺は、お前に嘘はつかんぞ』
訝しげな声音に、ロイは飽き飽きした風だった。
ジェスチャーで、電話を切れと言ってくる。
「それこそ、お前の最低の嘘だ」
切れ、と命令の色も濃い瞳で見詰められて、俺は促されるままに受話器を置く。
「鋼の。すまないが電話線も引っこ抜いておいてくれ」
「だいじょぶなんかよ?」
「勘は良い方だ。最悪連絡がつかなければ、リザかハボが飛んでくる」
じゃあ、最初から抜いとけ電話線!と言いかけて、大佐の眼に映る切ない色に気がつい
て口を噤む。
「……抜くぜ?」
「私は、大丈夫だよ」
「俺の気がそれたんだよ」
本当は、もっとがんがん突っ込んで、イイ声上げさせて。
中にたっぷりだしたかったけど。
ロイの顔を見たら、続きができなくなった。
「君は、繊細だね?」
「んなこたぁ、ねぇよ」
「他の誰でもきっと、続きをしたよ」
「俺は!……しねーんだよ」
他の誰でも、なんて言い方をされて、更に凹む。
中佐と少尉は知ってたけど、中尉とも関係があったなんて。
やっぱりショックだったから。
「……鋼の?」
「怒ったんじゃねーよ。アンタがちゅーいと寝てたの知らんかったからショックなだけ」
「そっちなんだ!」
「そっちって?」
「や。私はヒューズのことで落ち込んでいるのかと」
「中佐との会話で落ち込んだのはアンタだろうが……聞いても良いんなら聞きてぇんだけど」
何で、こんなに落ち込んでいるのか。
中佐からの電話からだってわかった時点で、何だかおかしかった。
嬉しいのに、やってられない。
や。
嬉しがる自分が鬱陶しい、みたいな?
「…君も変わってるよね。普通聞きたがらないよ。他の、男の事なんか」
「俺は聞きたいの、子供だから」
「そう?君は時々酷く、大人だと思うよ」
穏やかに触れてくる頬へのキスだったが、まだ余韻の熱を身体に孕んだままなのだろう、その
熱さに堪らなくなりかけた。
「グレイシアにね、断られるとあいつは夜中に電話してくる」
「はぁ?」
「あまり、身体の丈夫な人ではないし。SEXが好きな人でもないから。ヒューズの濃厚なSEX
は随分負担なんだ。何度かに一度は閨の誘いを断わっているそうだ」
「何でそんな事知ってんの?」
「グレイシアにお願いされたから」
「はぁ?」
グレイシアが、何でロイに、んな相談する訳?
誰に相談しにくい内容だとしても、よりによってヒューズの愛人であるロイに。
何故?
「『ロイ君には申し訳ないけれど。マースの相手、してやってね?』ってね」
「どこの世の中に、男の愛人に夫を任す妻があるってーの?」
「ここに、あるんだよ」
くすっとロイが笑う。
ちっとも嬉しそうじゃなくて、もう色々と諦めてしまった顔だ。
「奥方公認で、私も満足すればいいのにね。結局私は奴の唯一になれないんだと思い知ら
されて、落ち込んでしまう」
「グレイシアさん事、切って捨てちまえばいいのに」
優しい人だと思っていた。
けれど、まさか。
そんな事をロイに言っていたなんて。
もしかしたらそれは、グレイシアさんにしてみればロイへの最高の好意の現われなのかもし
れないけれど。
何か、違うだろう?
「そうもいかないんだ……私は君を愛している」
「んだよ、突然」
びっくりして取り繕う間もなく照れるから、やめて欲しい。
今も、つい。
ぶっきらぼうな返事になってしまった。
「でもね、君は。私だけの側には居て、くれないだろう」
「……居たいのは山々なんだけどな。今はまだ、無理だ」
「私も大人なんだからね。大人しく何時訪れるかわからない君を待てばいいのにとは思うよ。
それができないなら、切って捨ててしまえともね」
「おいっつ!」
俺を捨てるなんて許さない。
それぐらいならば、軍を辞めさせて、一緒に連れて歩くぐらいは考える。
例え、中佐や中尉や少尉の誰某と、もしくは全員と関係を持ち続けるのを許諾するのだとし
ても。
浮気は渋々容認するが、離別だけは認めない。
「怒らない。人の話は最後まで聞きなさい。例えばの選択肢だよ。解り易くする為に、例を出
しただけ。実行する訳じゃない。もし、実行する器があるのならば、君には言わずにやっての
けるよ」
にっこりとそれはもう胡散臭げに、しかし見惚れるほど綺麗に微笑まれて、取り合えず怒りは
引っ込めた。
「……君を、君だけを待って禁欲生活を続けるには、私の身体は些か淫乱仕様でね?」
「うー知ってる。俺何度やってもアンタに踊らされっぽなしだもん」
「そうかい?最近は随分、我を忘れる時間が増えてるけど」
「お世辞じゃなきゃ、嬉しいねぇ」
「ふん。私は事SEXに関してお世辞なんか言った事は無い……君に対しては」
「……他の誰某かにはちょっとだけ同情するよ」
本気のこの人に、自分のSEXを否定されたらマジ凹むと思うから。
「ま。そういう身体だから。心の置き所は君にあるとしても、飢えを満たしたくなるのだよ。
欲求不満だと仕事に支障も出るしねぇ」