「せっかく好きな人とするんだから、お互い気持ち良いのがいい」
外された、自由の利かない両肩を引きずられてずるずるずると、転がる鎧の側を引いて行か
れる。
「はが、ねの?」
「なあ!エドワードって呼ばねぇ?エドでもいいぜ」
足首に、こん、と頭部が当たった。
からからからっとアルフォンス君の、頭であったものが足先で空虚に回る。
「エ、ド?」
「何だ?」
「どこへ?」
「ああ。ベッド。床だとアンタがきついだろうし」
不意に悼むような眼差しを周囲に向けて。
「アルが、見てたらさ。目の毒だよな。ロイ、淫乱ちゃんだから」
「はがっつ!くうっつ」
外れた肩を不用意に捻られて、激痛が走った。
「エド、だろう」
冷酷な支配者の色すら浮かべた鋼のは、言葉通り寝室へと向かう。
廃墟とまではいかないが、人が出入りをしていない廃屋だ。
引きずられる私が通った後は、埃がくっきりと拭われていくほどに汚れた場所で、性行為に
及ぶなんて、冗談じゃない。
「エド!」
寝室らしき場所のドアノブに手をかけた鋼のが、面倒臭そうに私を見下ろす。
「…今度は何だ?」
「こんな汚い場所でするつもりか?」
「んあ?」
「病気になったら、どうしてくれる!」
「……アンタ……先刻まで、アルがとかって……言ってたのに……変なトコに拘るよな」
はあああと、鋼のは脱力しているが私にとっては重要な問題なのだ。
今更誰と抱き合おうが、犯されようが、痛む心も身体も持っていない。
だからこそ、痛みを忘れてしまったからこそ、気をつけねばならないのだ。
本人気がつかぬところで、壊れてしまわぬように。
大切な人間を、何時か。
返したいと望むのならば、尚の事。
等価交換するならば、自分の価値は高いほどいい。
それだけ失ったものを無事に帰せる率が高くなるのだから。
「……ふふふ、ああ、拘るさ。私は、私の体が大事だからね」
こんな風に、ヒューズを何時か生き返らせる事を真剣に考えている私は、既に狂った妄執に
憑かれているのだろう。
今更、正気に返ろうとも思わない。
ヒューズを生き返らせる事ができるのに十分な意識があれば、それが正気であろうと狂気に
あろうと。
もう、どうでも。
「わあったよ。ちゃんと錬金術で綺麗な寝室を造ってやるよ」
「ならば、よし!」
「……何か。アンタがそんなだと。調子狂う」
「何時も通りではないのかね」
「そう、言われれば、そう、なのかもね」
それに、ほら。
この子を致命的な場所で怒らせたら。
人体練成の妙技を、教えて貰えないかもしれないだろう?
最後の最後でこの子は私に甘い。
アル君よりも、私を選んでしまうくらいだ。
腹黒い私が丁寧な演技をして、壊れかけて見せればきっと。
この子は、私の為に。
ヒューズを生き返らせようとするだろう。
純粋で、真っ直ぐに歪んだ私への愛情は、抜き差しなら無い場所にあるのだ。
「で、どんな寝室がいいよ」
「清潔であれば、それで」
「ふりふりとか、天涯ベッドとかもできるぞ」
「……私はどこのお嬢様だね?」
「そっ、か」
不満気な声。
まぁ、君が私を完璧な、をんなにして支配下に置きたい気持ちもわかるけどね。
思い通りになったら、きっとツマラナイよ。
妄執に駆られた恋愛っていうのは、そういうものさ。
私も、ね。
あと少し、ヒューズが生きていてくれたなら。
や。
せめて、奴が死に逝く様をこの目で、見届けていられたのならば。
こんな風に奴に、囚われる事はなかったんじゃないかと思う。
思い出っていうのは、色褪せては行くけれどね。
永遠に、綺麗なままなんだ。
君は、きっと。
そこに気がついていない。
ついていたら、アル君を捨てやしなかっただろうに。
思い出ごと受け止めてくれるという、その心意気は買うけれど。
ぱあんと、小気味良い音がして、彼の掌が打ち叩かれた。
真理の扉を潜り抜けた者にしかできない練成方法だ。
この子に、練成陣はいらない。
私の知る限り、アル君と君にしかできない独特の練成。
身体の中に真理を孕む者だけに許されるそれを、何時か私も会得できる日が来るのだろう
か。
「ど?」
大人二人が悠々寝れるだろうベッドが、どん!とばかりに部屋の中央に現われる。
シーツも新品だろう、ぴん、とノリのきいた感じだ。
タオルケットといったかけるものが一切ないのが笑える。
ドアから、ベッドまでの身近な距離には、毛足の長い真っ赤な絨毯が細く。
その下は、優しい色合いのペールグリーンのカーペット。
「この、あからさまな絨毯はどうだろう」
「バージンロードっぽくね?」
「私と、君が。バージンロードねぇ」
ナニを今更と言いたくなるが、仕方ない。
この子は子供で、私が知る限り案外とロマンティストだ。
「ささやかな夢だったんですよー。こやってお姫様だっこして、ベッドまで運ぶのが」
……両肩を外された状態で、お姫様抱っこなんかされた日には、頭の中の陵辱されモード
にスイッチが入りそうだ。