例えば一人、アル君が再度の人体練成を試みたとしても。
万が一。
生身の身体を取りも出したとしても。
欠けた魂の情報が補填されない以上。
元通りにはなれない。
頭の良い子だから。
鋼のに匹敵する天才だったから。
己を取り戻す術を失って、投げやりに言ったんじゃあないのか?
私を、選んでも、良い、と。
「……血印を切ったのは何時ぐらいだ」
「一時間前ぐらいかな?」
ならば、まだ間に合うかもしれない。
もしかしたら魂が、私達の居るこの空間にまだ、留まっているかもしれない。
だとすれば、再びこの鎧の中に呼び戻せる……はずだ。
頭の中、気体を集結させる計算式を浮かべた。
この部屋の中、全ての漂う気体を凝縮させれば、それだけアルフォンス君の思念が魂が救い
出せると、信じて。
胸のうちポケットから取り出した発火布を無意識に、嵌めようとした。
手首が、空恐ろしい力で掴まれた。
「ナニ、する気なの。俺を、焼くつもり?」
「馬鹿なっつ!私が君を焼くなんて、するはずないだろう。今ならばまだ、間に合う。アル君の
魂を掻き集めてっつ!んんっつう」
二人で練成をすれば、リスクを均等に負担できるだろうと、告げたかった唇は、キスともいえ
ない歯がぶつかる激しさで塞がれた。
鉄の味は、果たしてどちらが流した血なのかも、わからないくらい、混乱している。
私が、これだけ混乱しているのだ。
鋼のは、もっと酷いに違いない。
と、思って衝撃に伏せていた瞼を持ち上げれば、そこには。
ぞっとするほど、凪いだ色を乗せた鋼のの瞳があった。
ああ、どうして?
私はその瞳をよく知っていた。
何度も目にした。
きっと私も、浮かべた事があると思う。
たった一つの何かを心に決めて。
それ以外の全てをあっけなく捨てる事が出来た人間だけがする、狂気に限りなく近い真摯な
正気のまなざし。
「俺は、アンタを選んで。アルを捨てた」
アルフォンス君?
君は近くに、浮遊しているのだろうか。
「だから、二度とアルを練成する事はない」
だとしたら、こんなセリフを聞かないで欲しい。
絶対に、鋼のの本心ではないのだ。
鋼のが、君より私を選ぶなんて。
そんな日は永遠に来ないはず。
だって、私には。
ヒューズ、がいる、から。
「駄目だ!君はアルフォンス君を練成しなくちゃいけないっつ」
唇を引き剥がして初めて、血の味の原因は自分の方だと気がつく。
唇の端が引き攣れる感覚が、遠い場所でリアルだった。
「アンタが何時か、中佐を……准将を練成する、為に?」
「っつ!」
正直、考えた事がないじゃなかった。
鋼のに、できたのならば。
私にでも、できるだろうと。
私の命よりも大切だったヒューズ。
己の命程度で、ヒューズがこちら側へ戻ってこれるのなら、幾らでも差し出す気でいた。
人を、何をも愛せなかった私に、人らしい感情を数多教えてくれたヒューズ。
肉の悦びは無論、精神の安寧も、私を私らしく形成する全ての元になるものを、ヒューズは
無償で与えてくれた。
そんな大切な、何よりもイトオシイ相手を。
まさか自分の野望の為に犠牲にする気は、欠片もなかった。
グレイシアという美しく聡明な女性と結婚して、誰もが愛らしいと褒め称えるエリシアという娘が
生まれて。
私は、少しづつヒューズを安全な場所へと送り込む手配をしていたのだ。
もう、十分にしてくれた。
まだ、何かをしてくれるのだとしても、せめて、安全な場所で。
親子三人での幸せな暮らしを絶対に損なわぬ、ように。
布石を、打っていたのに。
頭が良すぎたヒューズは、踏み込んではいない異域へ足を踏み入れてしまった。
初めて、踏み入れてしまった人物だったから。
まだ、早過ぎる状況だったから、消されてしまったのだ。
その証拠に、私は、閣下自ら手の内を晒されて、尚。
生きながらえている。
ハボックを動けぬ身体にされ、リザを人質に取られ、信用していた三人の部下もそれぞれ辺境
に飛ばされた。
でも、それだけですんだのだ。
もう少し、ヒューズの頭の回転が鈍かったのならばきっと。
ヒューズも殺されなかったはずなのに。
「俺は、知ってたよ?アンタがヒューズ准将を戻そうとしてた事」
「戻そうとなんて……」
「してた。じゃなかったら、俺達の手助けなんてしなかったよ」
「そんな事はないっつ!」
「……最初は、同情だったろうよ。アンタ優しいから。純粋に俺とアルを案じてくれてたんだろう。
でも准将が死んだ時点で打算が加わった……責めるつもりはねぇよ。言ったろ?『思い出ご
と受け止めてやる』って」
頬に添えられた機械義手で温もりを奪われて、生身の掌で温もりを与えられる。
子供の体温は、本来暖かいのだと、ぼんやり思う。
「アンタがヒューズ准将を好きでもいいよ。恋焦がれたままでも構わねぇぜ。ただ俺に、大人
しく犯されてくれればさぁ?」
「はがっつ!つうっつ」
ぐきっと嫌な音がした。
「……いい子に。な?」
まだ、信じられない。
「俺もやっぱり強姦は趣味じゃないし。どうしてもってんならやってもいいけど」
両肩の関節を外された。