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 思い出ごと受け止めてやる


 『思い出ごと受け止めてやる』
 と、私の背中を必死に抱き締めてきた少年の言葉を、信じた訳ではなかった。
 幼い子供の、戯言だと思ったのだ。
 彼には、己の命よりも大切にしている、鎧姿の弟の存在があったから。

 「アル、フォンス…く、ん?」
 ばらばらになった鎧。
 それを見ても私はまだ、彼の魂がそこに定着していると信じて疑わなかった。
 「ある、くん?」
 彼はそうやって、ファーストネームを縮めた呼ばれ方が好きだった。
 親しみを感じるのだと、そう言って。
 笑っていた。
 鎧の身体では、表情がないが。
 声音で十分笑っているのだと。
 喜んでいるのだとわかったから。
 私は、彼と二人きりの時……それは決して多い機会ではなかったが……は必ず、彼をアル
君と、そう呼んでいた。
 「あ、る…く…?」
 呼べば必ず。
 『はい、大佐』
 と、幼いはきはきした声で返事があったというのに。
 「ある君、ある、君……アルくんっつ!!」
 何度、呼んでも返事がなかった。
 「アルは死んだよ。俺が、殺したんだ」
 ほら、と鋼のが見せたのは、鎧の一部。
 アルフォンス君の魂が定着されていた血印があった箇所。

 血の印章の上。
 真っ二つに切りつけたように、線が走っていた。

 血印は、円でなければ意味がない。
 どんなに短くとも途切れてしまえば、その効力をなくす。

 「血印の上に施してあった結界を外して、この機械義手の指で引っ掻いてやったんだ。がり
  がりがりって、嫌な音がした」
 「……どう、してっつ!」
 「アルとアンタとどっちもは抱えられないって思ったから。そうしただけ」
 「なんて、馬鹿なっつ!君がやったのは取り返しのつかない事なんだぞっつ!」
 自分の弟を、あんなに大切な弟を殺すなんて。
 兄のエゴで殺されたアルフォンス君が、あんまりにも可哀想だ。
 「取り返しのつかない事は、既に一度やってる。その時点で俺に怖いものはない」
 手首を握り締められた。
 絶対に離すものかという、強い力。
 それでも私は軍人で、大人だ。
 彼の生身の手を振り切った。
 が、今度は機械義手の手で、握り締められる。
 抵抗すれば、手首を砕かれるのだろう、強さで。
 瞳には、容赦なく砕いてしまえるに違いない、鉄壁の意思が宿っていた。
 「母親を返そうとした時点で。俺の手足と、アルの身体は……戻らないものだったんだ」
 「そんなのは、詭弁だっつ!戻す術はあったじゃないかっつ!」
 「……第三者の。俺らとは全く関係のない何十人、何百人の命を犠牲にして作り出す賢
  者の石を使ってな。アルはそんな非人道的な所業をやれやしなかったよ」
 「他にも、あったかもしれないじゃないか」
 「ないよ。アンタだって本当はわかってるんだろう?言わなかっただけだろう?俺の前ま
 で、最年少で国家錬金術師の資格を取って。それ以降もずっとトップクラスの錬金術師
 であり続けた人間が、そこに、至らない訳ないんだ」


 「……それ…は……」
 私も鋼のもタイプ違えど天才と呼ばれる国家錬金術師だ。
 それも、国家錬金術師の制度が設立してから、二人とでない逸材とまで言われているレベル
の。
 鋼のは、母親を練成しようとした幼い頃よりも人体練成を深く研究していたし、私は私で常人
ならば閲覧不可能と呼ばれる文献を数多諳んじてきた。
 先人の覇業を軽んじる訳ではない。
 ましてや、錬金術を生み出した人間の限界を決め付けられるはずもない。
 だが。
 学べば学ぶほどに。
 知れば知るほどに。
 それは不可能なのだと理解してしまう。
 禁域の何たるかが、わかってしまう。
 ましてや鋼のは真理の扉を一度開いている。
 ……本当に、あるのだ。
 決して人が踏み込んではいけない領域と言うものが。
 私は錬金術師だ。
 どこかで、未だ見出せぬ真理があるのだと信じている。
 その一点に関しては曇りない理想を抱いているけれど。

 見出せぬ真理を見出す力が自分にはない事を。
 絶望的に悟っていた。

 恐らくは、天才であるが故に。
 鋼のも、アルフォンス君も幼い身でありながら、そこへ行き着いてしまったのだろう。
 「俺も、アルもわかってしまった。認めたくなかった。ずっと足掻いていたかった。せめてアル
  の魂を本来の肉体に返してやりたかった」
 それは血を吐くような叫び。
 この子が、鋼の錬金術師であり続けた、たった一つの理由。
 「でも。もぉ駄目だ。俺は、アンタを知ってしまった」
 じりじりと鋼のが距離を縮めてくる。
 私達の間には、手を伸ばせば易々と届く僅かな距離しかない。
 「アンタの存在は、俺には甘過ぎた」
 「……鋼の…」
 「アルは、喜んでくれたよ。俺がアンタを選んでしまった事を」
 「っつ!」
 喜ぶ訳ないじゃないかっつ!
 諦めたんだろう? 
 君が、私とアル君を天秤にかけるような物言いをしたから。
 絶望、したんだろう?
 兄の協力がなければ、一人。
 血の通った身体を取り戻す術は無いのだとわかっていたから。
 人体練成の最低レベルでの発動条件として、魂の情報がある。
 アル君は鋼のと二人で母親の練成を行った。
 その時点で、二人の情報が既に複雑に交じり合ってしまったはずなのだ。




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