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 「……何だか、私が諸悪の権化のような物言いだ」
 「誰が悪の権化だって?ったく、穿った見方すんなよ。俺はアンタとすんの大好きだし。
  淫乱なくらいに感じてくれるのはすっごく嬉しい」
 「私だって、君とするのは気持ち良いし、満たされるよ……でも」
 ここで、エドワードはぽんと拳を掌にあてる仕草をしてみせた。
 表情での感情表現を許されなかったアルフォンス君と、長く一緒にいたせいか、この手の
ジェスチャーは多い。
 「『私の彼って、SEXばっかりで、私の身体にしか、興味がないみたいんです』っていう奴
  だろ?」
 「……かもしれない」
 厳密には違うが、私が今エドワードとしたいのはお互いを尊重した時間の共有で、SEXその
ものではない。
 「あーね。了解。でも雨だからなぁ。映画だぁ、古書巡りだぁって訳にもいかんだろう。いっそ
  キッチンに二人で立って料理にでも挑戦すっか?」
 「君はさて置き。私は材料を無駄にするだけになってしまうよ……」
 我ながら間抜けな話ではあるが、料理の腕が壊滅的な自覚はあった。

 「一人じゃ、つまらんしなぁ……んじゃ、やっぱベッドの上で……」
 「エド!」
 「ごろごろ。でどだ?」
 「ごろごろか……」
 ベッドの上でお互い寝そべって、何するでもなく訥々と語らう。
 以前は時間の無駄だと思っていたけれど。
 今は贅沢な時間の過ごし方だと、好意的に受け入れられるようにはなった。
 「決まり、な。あ、でも水分は必要か。俺はミネラルでいいや。ロイは?」
 「私はガス入りで」
 「グラスに移して、レモン入れとくか」
 「いや。瓶のままで良いよ」
 「ん」
 先にベッドに転がっとけ、と言った彼は、すたすたとキッチンへ向かってしまう。
 私はズボンと靴下を脱ぐとベッドの上に上がった。
 ごろっと横になって、何となく天井を見やる。
 人の出入りが意外に多いこの家は、部下達の手によって定期的に掃除がなされてる為、
天井の木目も綺麗なままだ。
 「ほらよっと!……って、ロイぃ。やっぱ、やる気なんかよ」
 「へ?」
 「へ?じゃねーだろう。艶々な太股晒しやがって!」
 ふにふにっと太股を揉まれる。
 転がるのに、リラックスしたかっただけで誘っているつもりは微塵もないのだけれど。
 「ほんと、アンタ日焼けしねーなぁ」
 「体質だね。君の夏になった時のこんがり肌が羨ましいよ」
 「アルにもよく言われたっけな」
 またしても、エドワードの瞳が遠くを見詰める。
 兄弟だからって体質が似るとは限らない。
 ただ、最近見せてもらった二人の幼い頃の写真には、同じように健康的に日焼けした少年が
映っていた。
 鎧の体であったアル君は、何の気なしに言っていたのかもしれないが、エドワードにとっては、
心苦しいものだったのだろう。
 欠けているとはいえ、自分だけが生身の体を持っていたから。
 「でも、アル君だって今年は……」
 「焦げ焦げだろーな。ウィンリィに怒られてそうだ」
 想像したのかもしれない。
 僅かに気分が浮上したようだった。
 「じゃあ、君が焦げたら私が怒ろう」
 「へ!ハボック少尉辺りと見せ付けてやるよ」
 「はは。実際やりそうでゴメンだね」
 瓶に手を掛けて、蓋を開ける。
 ポンと小気味良い音がして、炭酸がしょわしょわと立ち上った。
 唇をあてて、一気に半分ぐらいを空ける。
 雨の日は、どうにも喉がよく乾く。
 喉を滑ってゆく炭酸の感触が心地良かった。
 「……ロイって、ホントーに炭酸好きだよな」
 「だね。でも初めて飲んだのは士官学校時代なんだよ?」
 「マジで?」
 「ああ。幼い頃は、子供の体には良くないとか言われて、飲ませて貰えなかったんだ」
 「過保護?」
 「と、いうか祖父母に育てられたからね。昔気質の人達だったからそんな風に思い込んで
  いたんだろう」
 父と母は流行病で亡くしたせいか、祖父母は病気に敏感な性質だった。
 昔からの慣習を頑なに守り続けていた。
 お金には不自由していなかったから、美味しい物をたくさん与えてもらったけれど、幼心に
不満はあった。
 祖母に泣きながら、お前が心配なんだから、我侭は言わないでおくれ?と言われてしまえば、
黙るしかなかったけれども。
 「……ご両親は?」
 「物心つく前にな。流行病で亡くなった。祖父母は、士官学校卒業して直に。交通事故で二人
  とも、ね」
 「アンタは、俺の家庭事情知ってるのに、俺は全然知らねーな」
 「知りたいなら、教えるさ。私達はこれからだろう?」
 「だな」
 不満というよりは、不安そうな色を浮かべていたが、すぐに本来の明るいそれに変化する。
 私は、内心で胸を撫ぜ下ろした。
 せっかくの二人きりのプライベート時間だ。
 心穏やかに過ごさせたい。
 「んじゃ。初炭酸の話をしてくれよ」
 「……そんなに面白い話でもないよ?ヒューズに騙されたんだ」
 「あ、やりそう」
 「一口口に含んで、そのままトイレに駆け込んだよ」
 背後で起こった爆笑の中、ヒューズの笑い声が一番大きかった。
 炭酸を飲んだ事が無いくらいで、どうしてここまで馬鹿にされてなければならないのかと、
若かった私は激怒して、懇意にしていた医務官を巻き込んで三日間面会謝絶にしてもらった。
 そうしたら、三日目の夜。
 ヒューズ忍び込んできて、私の横でずっと泣くからびっくりした。
 『ロイ。ロイ。ごめんな。俺、お前が、炭酸。体質的に駄目だなんて考えもしなくって』
 ぼろぼろぼろ涙を溢して、しゃくり上げながら、何度も何度も謝っていた。
 さすがに仮病だとはいえなくて、体質的に受け付けないんじゃなくって、驚いて身体が拒否
反応を示しただけだと説明した。
 実際、炭酸と吸い込んだ空気の量と水分とかが、微妙に複雑な組み合わせになったらしく、
しばらく咳が止まらなかったのは事実だ。
 それでも、まだ泣き止まないので、次の日の朝。
 医務室へ出勤してきた医務官に説明してもらって、やっと泣き止んだ。
 その後も、しばらく。
 私が炭酸物に手を出そうとする度に、心配そうに側で見守る奴の姿があった。
 



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