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 涙の幻


 「エドワード?」
 「……んだよ」
 「こっちに来なさい」
 「……てめぇが、来いよ」
 手招く私に、顎をしゃくってみせる。
 全く、私の恋人は中々の暴君だ。
 大人しくしないと、ごねてごねて。
 後々私が大変なのはわかりきっているので、ここは大人の余裕などというものを見せ
付けつつ、ゆっくりと歩み寄る。
 先ほどまで、ぼんやり、窓の外を眺めていた瞳も。
 今は、私だけを見詰めていた。
 
 アルフォンス君が、生身の身体を取り戻し、また己も腕と足を取り戻してからしばらくして。
 エドはこうやって、遠くを眺める時間を増やして行った。
 本人そうとは、決して口にはしないが、寂しいのだと思う。
 今まで当たり前のように四六時中側に居た存在が、突然。
 いなくなってしまったら、本人が望んだ事なのだとしても、喪失感は大きいだろう。

 もう、僕から解放されていいんだよ。
 兄さん。
 
 まだアル君の身体が鎧であった頃から、きっと彼はこんなふうに笑うに違いないと想像して
いた通りの、穏やかな微笑で。

 そうして、大佐を。
 ロイさんを。
 貴方の恋人を、大切にして?

 どこまでも優しく、やわらかに告げた。
 責める口調はどこにもなく。
 むしろ、これで兄さんを解放できると、嬉しげですらある声音だった。
 もしこれ以上近くに居たのならば、全く違う主の禁忌を。
 兄に、溺れてしまうかもしれないという、怯えを。
 彼は長く抱いていたから。
 己の歪んだ感情をも解放できたが故の、達観した表情だったのだ。

 エドに取っては悲しいだけの言葉を聞き。
 アルフォンスの顔を長く凝視し、次に私の表情を読み取ってエドは。

 わかったよ。

 と、低い声で呟いてみせた。

 ちっとも、納得できていない口調に。
 私とアル君はお互い顔を見合わせて、困った人だよね?と密かに苦笑しあったものだ。

 「……あに、にやにや笑ってんだよ。きっしょ悪い」
 すぐ側まで来た私の腕を強く引いて抱き寄せて、さっさと己の膝の上に抱き上げてしまう、
手際の良さ。
 君が、人の温もりに弱いのを知っている。
 特にアル君の事を考えている時は。
 私の身体に触れたがるのだ。
 今もまた、ぎゅうぎゅうと私の身体を抱き締めては、好きなだけ熱を奪い取ろうとする。
 「別に。また、アル君の事を考えていたんだなぁって」
 「……当たり前だろ。こーゆー雨の日は、人間センチメンタルな気分になるんだぜ?離れた
  弟が元気にしているかどうか。考えて何が悪い?」

 「悪い、とは言っていない」
 「そーゆー口調だろうが」
 「寂しい、だけだよ」
 まだ何かを言い募ろうとした唇は、それでも思うところがあったのだろう。
 不満げに噤まれる。
 「せっかくの休日を恋人と一緒に居るのに。その恋人が全く自分を省みてくれないとあって
  はね。寂しくもなるだろう?」
 「……悪かったよ」
 溜息をついた後に、謝罪。
 抱き締められた背後から項に唇を寄せられて、ゆっくり首を振る。
 「それは、いいよ。エド」
 SEXの前戯に雪崩れ込みそうで、私は慌てて拒否をした。
 「なんで?」
 「なんで、と言われても。意味はないけど……したい気分じゃないだけだ……大体昨晩と
  いうか、今朝までしまくってたじゃないか」
 私が完全オフになる日は貴重だ。
 だからこそ、そんな時ぐらいエドワードの好きにさせようと思ってはいる。
 本人の意思とはいえ、アルフォンス君と離れた場所にいる最もたる原因は私だからね?
 私がもし、軍属でなかったらエドワードはきっと。
 弟君の側に、私達が住まう家を構えただろうから。
 「そりゃ、そうだけど。寂しがる恋人を宥めるには、こいつが一番だと思うぜ」
 ちゅう、と音も高く項が吸われてしまった。
 ああ、この強さじゃあキスマークがついたに違いない。
 ぎりぎり、ワイシャツで隠れる位置ではあるが、ハボック辺りに見咎められた挙句に
揶揄されそうだ。
 「まぁ、それも一理あるけどね。もう少しこう、穏やかに過ごしたいなぁとか」
 「……雨の日に穏やかは、お互い難しいんじゃねーの?」
 エドワードは弟君を思い、私は無能を装う。
 別にエドの前で無理に無能を演じなくとも良いが、長く演技をしてきたので切り替えが
上手くいかなかった。
 「だからこう。激しくすんのが恋人らしいんじゃね?」
 そろそろと伸びてきた指先が、ズボンの上からそっとアレの形をなぞる。
 慣れた仕草に腰がびくついたが、それは快楽には遠い条件反射。
 「……わかった。正直に言おう。身体がもたない」
 「……体力、つけろよ」
 「鍛錬は怠っていないつもりだがね。君はこう……」
 「しつこいってか?」
 しつこいというか、単純に濃い。
 一度のSEXでフルコースを楽しもうとするから、当然時間もかかる。
 でもって一つの愛技にも時間をかけるから、必然濃厚にもなるのだ。
 「若いコのするSEXじゃないよね?」
 「それりゃ、アンタが百戦錬磨の淫乱たんだからさ。合わせりゃそうなるって」




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